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NHK総合テレビの「経済羅針盤(毎週日曜日 8:25-8:55)」の2008年3月23日の放送は、和菓子の老舗「銀座曙(あけぼの)」の細野佳代(ほその かよ)社長のインタビューでした。 多くの示唆に富んだ、その話を紹介します。
細野さんは、4年前に和菓子の老舗「銀座あけぼの」の3代目社長を継がれました。 「銀座あけぼの」は60年前に細野さんの祖父が銀座で創業し、現在では95店舗を構えるまでになっています。 その細野さんが大切にするものは、
「お腹を満たす為でなく、心を満たす為にお菓子を食べる、のではないか、お客様の心を満たすこと、お菓子に拘(こだわ)っていたら、結果的に手作りが非常に多くなってしまった。 お客様に美味(おい)しいなと思って頂いてお客様の心を満たしたいのが私達の願いです。」
細野さんは、和菓子を説明する言葉も大切にしています。 職人が折角心を込めて作っても、説明が悪ければお菓子の良さが伝わりません。 でも、細野さんは敢えて接客の説明のマニュアルを作っていません。
細野社長 「お客様の心を満たす為に、自分自身の言葉で何かを伝えると言う事。お客様が訊きたいと思うことをお話出来るように、お客様の事をしっかり感じてお答えしていくということが一番大切なんではないかと思います。」
「お客様は、お菓子も勿論、当たり前なんですけど、曙でお買い物をする時間も合わせて曙と言うブランドを評価して下さるんだなあ、楽しかったなあ、という体験を持ち帰って、その事をお菓子と一緒に味わって頂けたら、そんないいことはないなあと思って・・・」
「マニュアルを作ると、そのマニュアル通りに言おうということに気持ちが行ってしまって、お客様のことを感じることよりも、“マニュアル通り”っていうことに気持ちが行ってしまうと思うんですね。 お客様はマニュアル通りにお話する事を望んでるのではなくて、自分が欲しい情報だったり、自分が知りたい事を話して欲しい訳ですよね。 そうすると、お客様を感じて、きちんとそれにお答え出来る為に、敢えてマニュアルを作らないで、自分達の言葉で話すようにと、皆で勉強しています。」
(上の写真:接客の勉強をする研修会)
NHK 「自分達の言葉と言うのが、大変難しいのではないかと思うのです。(略) 」
細野社長 「本当にいつも、皆、難しい、難しい、どうやったら上手にできるんだろうと、と言っているんですけど、・・・先ずは商品の知識をたっぷり自分のなかに勉強して溜め込んで、お客様から訊かれた事を感じて、お話しするということなんですけど、やはり上手に出来ない事もありますし、言おう言おうと思って、言えない事も沢山ありますけど、でも、お客さんに感じようとすれば、それに対応した言葉というものは、その人なりの言葉は出てくると思うので、へたでもいいから、やり続ける事が大切だと思って、3年になるのですけど、今は、私がお客様に対応するよりも、スタッフが対応した方が上手だなと、出来るようになってきました。」
NHK 「細野さんは、社長兼商品部長でいらっしゃる訳ですよね。そうすると、伺ったところによると、最初は良いものさえ作れば、商品さえ良ければいいだろう、みたいな感覚でいらっしゃたんですって?」
細野社長 そうですね、お客様はお菓子を買いに来ていらっしゃる訳だから、お菓子が美味しければ分かって貰えると思っていたんですけど、社長になって全体を見渡して見ると、あ、買うまでに決断するまでにその美味しさを伝えられてないな、と、そこも含めてお客様にお伝え出来なければ意味が無いし、お買い物をする時間もお客様にとっては大切な時間なので、そこをより楽しく、過ごして戴ける様にしなければいけないな、とそれが課題だと思って取り組んでました。
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2月19日のブログの記事にも触れた“CBSドキュメント” の3月12日深夜の放送は、ドバイの首長の話でした。
日本のメディアでは、ドバイは中東の金満国家としか報道されていない面がありますが、この放送を見ると、その発展の理由が分かります。
以下、一部、番組の内容を補足して紹介します。
ドバイは、アラビア半島ペルシャ湾沿いに位置するアラブ首長国連邦(UAE)を構成する7つの首長国のひとつで、広さは埼玉県とほぼ同じで、国の大半は砂漠です。
1966年に初めて石油が発掘され、1971年にイギリスの保護下を離れ独立しました。
この国は今、急速な経済発展を遂げています。 世界中の大企業が進出して中国を凌(しの)ぐ建設ラッシュに沸いていますが、その立役者が、ドバイの首長でもあり、又、UAE全体の首相でもある、“ムハンマド・ビン=ラーシド・アール=マクトゥーム”氏です。
ムハンマド・ビン=ラーシド・アール=マクトゥーム英語表記Shaikh Muhammad bin Rāshid Āl Maktūm, 1949年生まれ。世界でも有数の競走馬のオーナーブリーダーでもあります。シェイク・モハメッド(あるいはモハメド)の名で紹介されることが多い。なお、「シェイク」(標準アラビア語では「シャイフ」)は、一種の称号です。
少年期をドバイで過ごし、1966年にイギリスに留学、語学学校、士官学校で学びました。 イギリス帰りのムハンマドはアラブの君主国家の指導者としては進取の気性に富んでいます。
アラブのとてつもない豊かさを背景に、この国は今、ビジネスの拠点、交通機関の要衝(ようしょう)、そしてアラブ観光のスポットとして、世界地図を塗り替えようと言う野望に燃えています。 新世界の交差点に位置する21世紀型の都市。 摩天楼の街と、人工の島々。 かって砂漠だった場所に立ち並ぶ無数のオフィスビルやマンション。 全ては一人の指導者のビジョンの産物です。
地球上で最大規模と言われる建設現場では50万人の労働者がシェイク・ムハンマドの夢の実現に向けて汗を流しています。
彼の夢は、ドバイをモダンで効率的で、人種的・宗教的に寛容な国家に作り変え、世界に誇る、中東の遊び場兼ビジネス拠点にすることです。
CBSキャスター 「この国をどのような姿にしたいとお考えですか?」
シェイク・ムハンマド 「ナンバーワンにしたいのです。中東だけでなく、世界中でね。」
「何の分野で?」
「全てです。 教育に医療、そして住宅、あらゆる面で最高の水準を目指しています。」
世界屈指の大富豪シェイク・ムハンマドは、57歳。 およそ2世紀に渡ってこの国を支配してきたマクトゥーム家の出身です。 元空軍パイロットで、乗馬はクロスカントリーの耐久レースに出るほどの腕前です。 所有する競争馬の数は世界の馬主の中でも最多クラスです。 仕事の虫としても知られています。 忙しく動き回りますが、大抵は、一人で車を運転し、警備も秘書も同行しません。
妻は、ヨルダン王家の故フセイン国王の娘、ハヤー王妃です。
世界一の高層ビル、“ブルジョ・ドバイ” は今のところ800メートルまで作られていますが、完成の暁に何メートル、何階建てになるかになるか、発表されていません。現在、世界中で建設されている高層ビルを見ながら、調整し、世界一に拘(こだわ)る為と言われています。
CBS 「建物の大きさや高さに拘(こだわ)るのは?」
シェイク・ムハンマド 「いけませんか? ニューヨークにあるんだから、此処にあってもおかしくないでしょう?」
CBS 「急ぎすぎでは? 大半の指導者が生涯かけてやることを貴方は5年でここまでやってしまった。」
シェイク・ムハンマド 「私は人々に、より良い暮らしを送って貰いたいんです。全ての人が高等教育を受け、又、優れた医療を受けて欲しい、それは20年後ではありません。今なんです。」
元来この地に住むベドウイン族の末裔や真珠商人の子孫は今では少数派。 医療や学費がただで、税金も無く、人々は世界最高水準の生活を満喫しています。 人口の大半は、ヨーロッパやインド、ロシア、イラン、サウジアラビアからの出稼ぎ労働者で、月に25,000人がドバイにやってきます。開発業者から建築家、中間管理者、メイド、そしてホテルのベルボーイまで、彼らの目的はひとつ、金儲けです。
モルガンスタンレー証券中東支社長のジョジマクール氏は言います。
「皆、チャンスの匂いに誘われてやって来るのです。 ドバイは、多国籍企業にとって格好のビジネス環境です。 世界金融の首都であるロンドンとシンガポールの中間に位置し、どちらに行くにも飛行機で3時間以内。急速に発展する南アジア市場にも程近く、立地条件は申し分ありません。 つまり、マクトゥーム一族はそうした立地条件をうまく利用して、この国に多くの投資や企業を呼び込んできた。 世界に於けるドバイの印象を高める為に、彼らはかねてから、自国への投資も積極的に行ってきました。」
最初の投資を行なったのは名君の誉れが高かった、シェイク・ムハンマドの父親でした。 彼はドバイの沿岸地域にクリークと呼ばれる水路を浚渫(しゅんせつ)、以来、そこは世界屈指の規模を誇る港となり、ヨーロッパとアジアとの貿易の中継地点として大きな役割を果たして来ました。 後を継いだ息子のムハンマドが金融とメディアの国際センター構想を描いたのです。 自由貿易地域を数多く設け、非課税や規制の大幅緩和など、様々な優遇措置を掲げて各国企業の誘致に務めました。 目論見は的中し、多くの企業が進出して来たのです。
ドバイの金融地区を統括するオマル・ビン・スライマン知事は言います。
「壮大な実験で、リスクは伴いますが、全て計算しています。」
ドバイ国際金融センターDIFCは2年前にオープン、以来、世界中からぞくぞくと資本が流れ込んで来ています。
ビン・スライマン知事によれば、「未だプロジェクトの一部が始まったばかり、運動もできる全長1.5キロの庭園と地下に巨大なショッピングモール、この世界最大のショッピングモールは、世界で最も高いビルの土台部分に入ります。」
ビルの建設に携わるエマール地所は世界最大の不動産ディベロッパーで、資本の1/3は、シェイク・ムハンマドとドバイ政府の所有ですが、これはこの国の開発に関わるほぼ全ての企業に共通しています。 世界で最も高いビルには、世界初のジョルジョ・アルマーニホテルと超高級マンションが入る予定です。 ビルの現在の高さは800メートルで、完成すればエンパイアステートビルのおよそ2倍の高さになります。 テナントの85%が既に決まっています。
アメリカで教育を受けたエマール地所のアラバー会長は、シェイク・ムハンマドに才能を見込まれ企業国家ドバイの運営を任された若き志士達の一人です。 もう一人がドバイワールド社のスルタン・アクメド・ビンスライエム会長です。
ビンスライエム会長 「ドバイに足りないものを作る。それが我々の仕事です。」
7年前、シェイク・ムハンマドは、観光客を呼び込む為に、ウオーターフロント開発を計画しましたが、ドバイの海岸線は全長100キロほど。 すると彼はビンスライエム会長にビーチの拡張を命じました。
2ヵ月後に人工島の青写真を見せた時、
「ビーチがどれくらい増える?」 とシェイク・ムハンマドに訊かれ
「7キロ」と答えたところが、「70キロだ」とシェイク・ムハンマドに言われます。
ビンスライエム会長 「不可能に近い事を敢えて要求する、それが彼のやり方なんです。」
CBS 「それで、首長(シェイク・ムハンマド)が用意したものは?」
ビンスライエム会長 「海だけです。」
CBS 「何も無いところから島を?」
ビンスライエム会長 「そうです」
専門家は実現不可能だと主張しましたが、環境面での法的規制が無い事から、会長はペルシャ湾の底から1億立方ヤードの砂を浚(さら)い、更に700万トンもの岩とで椰子(やし)の木を模(かたど)った人工島を造り上げたのです。
海岸線の長さは2倍以上となり、15万人を収容できるコンドミニアムや、別荘、そして35棟ものホテルが立ち並んでいます。
人工島は、“パーム・ジュメイラ” と呼ばれ、ベッカムやビル・ゲイツがヴィラのオーナーになったことでも知られています。
CBS 「専門家が・・・こんな計画がうまく行く筈が無いと言えば、大抵の人は諦(あきら)めますが・・・」
シェイク・ムハンマド 「大半の人はそうでも我々は違います。」
「貴方の部下の中にも時には計画に疑問を抱く事があったと言う人がいます。・・・誰かは言いませんが。彼らは貴方からアイデアを聞いて正直、こう思ったそうです。 そんなものは絶対不可能だ。彼は頭がおかしいんじゃあないかって。」
シェイク・ムハンマド 「誰かは言わなくても分かりますよ。 ハハハハ」
CBSが傍らを振り向いて、「あのソファーに座っていますねー」(笑い)
椰子(やし)の木を模(かたど)ったパームアイランドの別荘は、販売から1週間で完売。当初100万ドルだった家が、今ではその5倍の値段で取引されているといいます。 しかし公式のオープニングから1月経ち、私達が取材に訪れた時、島はまさにゴーストタウンといった雰囲気でした。
CBS 「不気味なほど静かですね。」
ビンスライエム会長 「(人々が移って来るのは)これからですよ」
オーナーたちが何時移り住んでくるか定かではありません。
大半の家は、アラブやロシア、ヨーロッパの富裕層が第2、第3の別荘として、或いは転売目的の対象として、或いは安全な分散投資の一つとして購入したものです。
しかし沿岸開発はこれで終わりではありません。 更に3つのプロジェクトが進行中です。 世界地図に擬(なぞら)えて配置された300もの人工島からなるプロジェクトは、そのものズバリ、“ザ・ワールド”。 高い需要が見込まれていますが、逆にドバイはバブルの要素があり、容易に弾(はじ)ける可能性がある、という見方も。
ドバイを国際的な資産運用の場とし、又、中東地域における社会的・政治的変革のモデル国家を目指すムハンマド氏、豪邸が建ち並ぶ人工島は彼の野望の一つに過ぎません。 投資家や企業家は勿論、出稼ぎの建設作業員や家政婦たちにとってもドバイは正(まさ)しく現代の黄金郷、エルドラドです。
CBS 「多くの人が貴方を国の代表としてではなく、巨大企業の最高経営者として見ていますが、その言い方は間違っていますか?」
シェイク・ムハンマド 「間違っていません。 事実、私は政府というものを一つの大きな企業と捉(とら)えています。」
中東で最も影響力のある報道機関、“アル・アラビア”のアルラシド総局長がCBSのインタビューに答えています。
CBS 「ドバイに出来る事はアラブの他の国にも出来る?」
アルラシド総局長 「無理ですね。」
CBS 「他の中東諸国がドバイの真似をする事は難しいと仰(おっしゃ)いますが、それは何故ですか?」
アルラシド総局長 「国家的なビジョンが無いし、官僚主義が幅を利かせ、政府内部には汚職が蔓延(はびこ)っていますまからね・・・」
CBS 「アラブ諸国におけるドバイの評判は?」
アルラシド総局長 「アラブ地域全体の人口はおよそ3億人ですが、86%の若者がドバイに来たいと言っています。彼らが憧れる都市のナンバーワンは、もはや、ロンドンでもニューヨークでもなくパリでもない。―ドバイなんです。」
ドバイでは又、少なくとも職場では、宗教や性による差別の無い新たな社会を作り上げようとしており、女性の参入や採用を優先的に進めています。
女性の集まりでシェイク・ムハンマドは言います。
「皆さんが各分野のリーダーになれるよう政府は全面的にバックアップします。」
これは、イスラム社会においては画期的な出来事です。
ある女性が言います。
「国や宗教を中心に物を考える人々の意識を改革すべきでは?」
シェイク・ムハンマド「確かにその通りです。でもその辺は私に任せなさい。」
ドバイでは政治批判を自由に行う事は出来ません。
ルシュニーユニシーさんは、湾岸諸国に進出しようとする企業の為に、政治的・経済的リスクを分析する“ユーラシアグループ”のアナリストです。
「ドバイはとても自由な雰囲気で独裁国家にありがちな重苦しさは全く感じられません。では、表現の自由が完全に保証されているかと言うと、そう言う訳でもないんですが。」
2年前の事、ブッシュ大統領はシェイク・ムハンマド所有の企業、“ドバイ交通ワールド”に対し、アメリカ国内にある6つの港の運営請負を認めました。 しかし、テロの標的となり易い港の運営をイスラム国家の指導者が所有する会社に任せていいものかどうか、議会で激しい議論が繰り広げられ、ムハンマド自ら権利を放棄した事で議論はようやく終結しました。
シェイク・ムハンマド 「それがアメリカの民意なら従うしかありません。」
CBS 「アメリカ国民の判断は公平だったと?」
シェイク・ムハンマド 「(笑って)貴方はどう思います?」
CBS 「失望した?」
シェイク・ムハンマド 「関係を悪化させたくなかったのでね」
CBS 「意地を張らずに身を引いた?」
シェイク・ムハンマド 「そうです。」
ドバイはアメリカにとって、中東で最も頼れる同盟国。ペルシャ湾に展開するアメリカ海軍の重要拠点になっています。
CBS 「アメリカを友人と見ている?」
シェイク・ムハンマド 「ええ」
CBS 「好きですか?」
シェイク・ムハンマド 「好きですよ。国も、人もね。」
CBS 「どの点が?」
シェイク・ムハンマド 「全てです。 只、外交政策だけは一寸、いただけませんがねー」
CBS 「アメリカの外交政策のどんな点が気に入らないと?」
シェイク・ムハンマド 「それは敢えて言いません。」
CBS 「触れたくない?」
シェイク・ムハンマド 「アメリカの人々もその内、分かるでしょう。」
CBS 「イラク戦争が始まる前にアメリカ政府から相談を受けたそうですが・・・」
シェイク・ムハンマド 「ええ、友人として最善のアドバイスをした積りですが、彼らは往々にして、人の言う事を聞きませんからね。」
CBS 「戦争には反対した?」
シェイク・ムハンマド 「ええ、あの戦争は誤りです。」
世界最高クラスの豪奢なホテル、ブルジュ・アル・アラブ。 1泊の値段は、一番安くて、2,000ドル(約20万円)です。
付 記:
「之が私の車です。」とシェイク・ムハンマドが言った、ナンバープレート“1”の車両は、豪華なリムジンやロールスロイス、ベントレーでもない、白のメルセデスの四駆、ゲレンデヴァーゲン(日本で市価900万円程度―税金の掛からないドバイではもっと安い!)だったのにはびっくりさせられました。 それを自分で運転してCBSの有名キャスターを乗せ、案内するのです。 キャスターもさすがに 「いつも一人で?」 と訊いていました。 キャスターを街に案内するのにも一人で、秘書も、ボディガードもつかないのは、彼のような地位の人物としては異例です。 日本のTBSの番組キャスター、ピーター・バラカンも、「他のどの国でもリーダーが一人で行動するというのは一寸、想像が出来ません」と言っていましたが、そこに彼の内面的な凄(すご)さを感じます。
国家建設のハッキリしたビジョンを持ち、余計なことで飾らない、簡潔で分かり易い物言いには、新しい時代のリーダーとして、人をひきつける魅力を見ました。
神田うの夫妻が本年1月29日から新婚旅行でドバイを訪れ、その時の様子を写真入りでブログにアップしています。
http://www.spacecraft.co.jp/uno/message.html
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恵比寿ガーデンプレイスでは、3月8日(土)~4月6日(日)の期間中、“メープル”の魅力を伝える「Maple Lifeーメープルがある生活ー」を開催しています。
春先のわずか1~2週間のこの期間は、メープル(楓―かえで)の樹液を採取する貴重な時期とのことで、それに合わせてキャンペーンを行っています。
メープルシロップは、メープル(楓―かえで)の樹液を煮詰めて作る体に優しい天然甘味料で、ミネラルやビタミン、カルシウム、体内から余分な塩分を排出する効果のあるカリウム、たん白質や糖質の代謝に不可欠な亜鉛といった今注目の栄養素の含有量が多い、ヘルシーな甘味料です。
40リットルの樹液からわずか1リットルしか作れないという貴重なシロップです。
主たる生産地のカナダでは5つのグレードに分類され、一番最初に採取して作られたメープルシロップを最高品質の「エキストラライト」、その下を順に「ライト」「ミディアム」「アンバー」「ダーク」と呼び、採取時期が進むにつれて色や香りが濃くなるのが特徴です。日本ではパンケーキにかけて親しまれています。
期間中は、センター広場にメープルシロップを生産する小屋をイメージした「メープルハウス」が登場し、石鹸やシャンプー、化粧水など自然素材のメープルを使った製品や、生活雑貨を展示するほか、メープル製品の生産の様子や料理家・有元葉子さんのメープルを使った料理レシピをビデオ上映しています。
「メープルハウス」は、夜はイルミネーションで彩られます。
期間中の土日祝の12:30~18:00に、各種フレーバーのメープルシロップのお湯割り「ホットメープル」を日替わりで提供しています。
私が行った3月9日(日)は、オレンジの小さなスライスを入れたドリンクでした。 「味は?」 さっぱりして結構、おいしかったですよ。
期間中の土日のスタンプラリーでキャンディー(上の写真)やミニシロップが貰えます。
更に、メープルがもたらす春の収穫の歓びをテーマに、土、日、祝日の1日4回、13時、14時、15時、16時に音楽ライブを開催される予定です。
ライブの今後の予定は次の通りです。
3月20日(木、祝日)あんざい のりえ(アコーディオン)
3月22日(土)藤枝貴子(アルパ)
3月23日(日)マルコ&たぬ(バイオリン/ギター)
3月29日(土) あんざい のりえ(アコーディオン)
3月30日(日)藤枝貴子(アルパ)
4月5日(土)マルコ&たぬ(バイオリン/ギター)
4月6日(日)あんざい のりえ(アコーディオン)
中南米の民族楽器「アルパ(別名―インディアンハープ) 演奏者の藤枝貴子さんです。
上の写真は、“あんざいのりえ”さんのアコーディオン演奏です。
“マルコ&たぬ” さんのバイオリン/ギター の演奏です。
キャンペーンの案内は、
http://gardenplace.jp/weblog/maple_life.html?mv=tp&id=siteTop_index
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2月3日(日)のNHK教育テレビジョンの「ビジネス未来人」(毎日曜7:30-7:55)で、福井市にある「コンビニ」チェーン(㈱大津屋)の話が放送された。 客単価の@700円は、日本一とのことであるが、何よりも、商(あきな)いの基本・原点を改めて思い知らされる様な気がしたので紹介します。
1. もともとは、400年以上の歴史を持つ江戸時代から続く造り酒屋でしたが、今から30年前に、醸造業から酒の販売に事業を移されました。
2. 現社長の小川さんは、昭和56年、一大決心をして、酒屋をコンビニエンスストアに変えられました。
3. 福井で初めて出来たコンビニは客を呼び、チェーン展開にも成功しましたが、福井にも大手コンビニチェーンが進出し、売り上げは頭打ちになりました。 小川さんはここで、家業の長い歴史を振り返りました。 「地元の米で酒を造り、酒屋時代には近所を御用聞きに回った。」地域と共に歩んできたその原点に戻ろう。 小川さんは、高齢化が進む地域を支える店を作ることを決意されました。
4. 「どんどん世の中が変わることを感じながら、我々もコンビニをやっていくなかで、やっぱり年配の方に喜ばれるのは、お弁当とかお総菜だろうなと思いまして。経験はなかったんですけど、思い切ってチャレンジしていくことを決意しました。」(コンビニチェーン社長 小川明彦さん)
そして、地域社会の声に耳を傾け、客の声から生まれたのが、店内にある厨房で沢山の総菜を調理して販売するというやり方でした。
人気総菜の一つ、「揚げの肉詰め」は、しつこくない肉料理が食べたいという声から生まれました。 かつお節から“だし”をとった煮汁は、塩分を控えめにし、何度も試行錯誤を繰り返し、しょうゆとみりんの最適な分量を導き出しました。
客の好みに合わせて、店員たちは、一品一品を、手間ひまかけて作り出しています。 或る日の厨房。この日は、タラとカレイが市場から届いた。 「タラはどうしましょうかね。あんまり大きいんで焼きますかこれも。これは煮て、これを照り焼きにしますか?」(店員)
店員たちが相談をした結果、カレイを煮付けにして、タラを、たら汁と照り焼きにすることになった。
どんな食材を仕入れて、どんなメニューを作るかは、店員たちが独自に決めるています。 日頃接している客の声に応えたいという店員たちの思いから、総菜のメニューは日増しに増えていきました。
5.大勢のお年寄りにコンビニを利用して貰いたいと、総菜や弁当を店内で食べられるように、テーブル席のあるイートインのスペースも作りました。すると、この「憩いの場」が、売り上げのアップにもつながっていきました。例えば、ご近所の仲良し3人組。食事の後におしゃべりをしては、デザート代わりにヨーグルトを購入する。 「落ち着くんですよ、ここ、すごく。」「ちょっと便利よ。ここに座ってて、あれがなかったと思い出すこともあるし。そうすると時間があるからなんか買っちゃうの」
大皿に盛られた総菜は、実に30種類以上。煮しめや、きんぴらごぼうなど、メニューは毎日変わる。 定番メニューを決めず、店ごとで店員が工夫を凝らして作っています。 小川さんは地域に暮らす人たちのニーズに応えることを何よりも心がけているのです。
6.去年、コンビニの隣に研修施設を作り、小川さんが培ってきたノウハウを教えています。
参加しているのは、起業を目指す若者や主婦たち。
小川さんの会社の社員が、交代で講師を務めています。
生徒たちに訴えているのは、地域の資源を都会にアピールするのではなく、地元の人たちに伝えることです。 それが新しいニーズを引き出し、ビジネスが成功すると考えています。 人間関係、地域との繋がりを大切にする小川さんの事業に対する考えを教えています。
7.「物がただ右から左に売れればいいというのではなく、地域の人間関係が大切だ。目に見えないものだけど、そういった事をマーケッティングの中に取り入れないと、企業は30年くらいで終わってしまうのかな。大事なのは何をしたいかを明確に持って、それに基づいた経営活動を、手間隙がかかっても、脈々と行っていく事が大切だ、という事を感じて、やろうとしているんですけど。
短期的に5年10年、ビジネスがうまくいけばいいというのではなくて、反対に、5年10年苦労をしても、20年、30年先に向かって、世の中が必要とするものを、ビジネスに組み立てていければ、特に業種はこれをしなければならないという決まりはありませんから。 昔はお酒を作って販売していて、気がついたら、コンビニになって、お惣菜屋になって、教育事業をやってと、ぐるぐる動いていますから。 今後、どんな風になるか分かりませんけど、それはあまり問題ではなくて、“世の中が求めているものを提供していく” “潜在的なニーズに応えていく” というスタンスを忘れなければいいと思うんですよ。」と社長の小川明彦さんは番組の中で言っておられました。
話を聞いていて、地域社会のニーズ、需要に応えよう、潜在的なニーズに応えよう、高齢者の役に立とうとしている内に、結果として客単価日本一の「コンビニ」チェーンになったのであって、「儲けよう」、「大きくしよう」として、現在の繁盛店ができたのではない、と言う事が分かります。
基本的に、先ずお客さんの事を考える、客に向き合う姿勢、そしてそこには、人間的な繋がりを大切にするというか、心が通っている、温かみが感じられて、本当の 「ビジネスの在り方」 と言うものを考えさせられました。
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2007年シーズンにワールドシリーズ制覇を成し遂げたMLBボストン・レッドソックス(Boston Red Sox)の選手一行が2月27日、ワシントンD.C.(Washington D.C.)のホワイトハウス(White House)へジョージ・W・ブッシュ米大統領を表敬訪問した。
レッドソックスの選手をはじめ、コーチ、オーナー陣らがブッシュ大統領を表敬訪問するのは、2004年シーズンにワールドシリーズを制して以来の2度目となった。
日本の大輔についてブッシュ大統領は、「彼(松坂大輔)の担当記者のほうが私の担当記者より多いね。」と笑いを誘い、「質問に英語で答えることは、二人とも苦手だけどね」 と、会場を沸かせました。
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