お好み焼きチェーン 「千房(ちぼう)」発展の秘密 中井 政嗣(なかい・まさつぐ)社長(2) 『私は、どんなことがあってもあなた達を見捨ては致しません。』
中井氏は、奈良県の貧しい農家の7人兄弟の5番目として生まれ、中学卒業後、丁稚奉公に出された。
義兄のレストランで、コック見習いとして働いていた時、兄から、お好み焼き屋をしないかと声をかけられた。 当初は、お好み焼き屋なんて、おばちゃんがするもので格好悪いと断っていたが、「お好み焼きも立派な料理や!」と言われて1967年、大阪・住吉で独立した。
中井 「私どもで入社した時(入社式で社員に)必ず言いますのが、『私は、皆さんを両手を広げて迎えました。皆さんの青春を、人生を預かりました。そんな積もりで迎えております。どんなことがあっても見捨ては致しません。』、こう、しゃあしゃあと言います。 でも、それぐらい、覚悟してるんです。」
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