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2008年11月

2008年11月30日 (日)

生徒の能力をいかに引き出すか。実践的な教育を取り入れ注目される品川女子学院(漆紫穂子(うるし しほこ)校長)。かっては1学年が5名という時期もあり、廃校の危機にすらあった学校が、ユニークな教育で再生され注目を集めています。11月24日のテレビ東京の「カンブリア宮殿」の放送を中心に参考になる話を紹介します。(その5) 多分、8割方は失敗・・・

小池栄子(番組のキャスター)
「失敗したとか、ありますか?」

漆紫穂子(うるし しほこ)校長
「そうですね、あせってたものですからスピード重視のあまりに多分、8割方は失敗したというか(笑いながら)、やって直ぐやめるとか、直しをしたりとか」

小池栄子
「例えば、どんな事が?」

漆紫穂子(うるし しほこ)校長
「一回、校則を全部、撤廃したんですね。」

村上龍(番組のメインキャスター)
「茶髪でもOK・・・」

漆紫穂子(うるし しほこ)校長
「茶髪は駄目だと私達は思っていたんですが、校則を文章で書くのはやめて、その代わり、学生らしさという事で、問題が起きた時に、一つ一つ話し合ってやっていきましょう、と思っていた。」

小池栄子
「羽伸ばすなあ、自分だったら」
(続く)

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2008年11月29日 (土)

女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡテレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。(その11)イギリスの田舎に住みたいの

有馬稲子
「私ね、前世はイギリス人だったんじゃあないかと思うぐらいイギリスが好きなの、その癖、英語が出来ない」

黒柳徹子
「でもまあ、イギリスも広いから、日本語が出来る人もいるかも知れない」

有馬稲子
「少し期待を持ちましょうかしら・・・もう、イギリスの田舎に住みたいの・・・」

黒柳徹子
「ほんとに、私この間一寸、通ったけど、本当、良かったわね。
7つの海を支配したっていうのは、ああゆうところにお金をつかったのだなと思うくらい、(イギリスの)田園は良いですよね。」

(有馬稲子さんパートⅡ終わり)

追記:

有馬稲子さんの話が2009年2月6日のNHK「いっと6けん」でも紹介されました。

有馬さんの話を聞いて、住まいの在り方について改めて考えさせられました。
確立された自分のプライバシーと、周囲との適度なコミュニケイションはシニアの住宅に限らず、あらゆる世代に必要な要素ではないでしょうか。
残念ながら我国の住まい・集合住宅は未だこのようなニーズにあまり応えているとは思えません。
この問題について、広く皆さんのお考え・意見を聞きたく、別途、ヤフーのサービスを使って、SNS(注:参照)のコミュニティーを11月26日に立ち上げました。 
ヤフーのSNSは、会員の紹介が無くても、登録すれば誰でも会員になれ利用出来ます。

私のコミュニティーの名前

「住まい・集合住宅・マンションを考える会」

アクセスのしかた
1)Yahoo!Japan のID、Pass Word を取得して(登録すれば誰でも無料で取得出来ます)
2)Yahoo!Days http://days.yahoo.co.jp/ にログインする
3)Yahoo!Days のトップページの「コミュニティー」のタグをクリック
4)「コミュニティー検索」の白い窓(欄)に「住まい・集合住宅・マンションを考える会」を入力
5)「住まい・集合住宅・マンションを考える会」のコミュニティーのサイトが表示される

注:SNS
「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」の略。友だちと日記でやりとりしたり、趣味や好みで新しい友だちと知り合ったりできる、コミュニティサービスのこと。
ヤフーの場合、「Yahoo! Days」 と呼んでいます。

参考までに、一つの案として次のような住まいを考えてみました。皆さんの意見・考えをお聞かせ下さい。

1)キッチン・トイレ・浴室を備えた自分自身のプライバシーの為の空間(部屋)がある。

2)皆が気軽に声をかけあう機会になる食堂がある。

3)そこでは、豪華ではないが住人の健康に配慮した食事が楽しめる。価格は一食@1,000円以内。

4)住人同士のクラブ活動が出来る十分なスペースが施設内にある。参考までに、有馬さんのマンションでは、こうしたクラブ活動が40-50あるということです。

5)クラブ活動は住人が主導し、有志が集まって、材料費程度の実費で運営し、経済的に過大な負担無しに気軽に参加出来るようにする。

6)住人の中の色々な方面で活躍している方、又はかって活躍した方が中心になって勉強会・講演会を適時、開催する。

7)上記のクラブ活動や勉強会・講演会は、施設がある地域の住民も可能な限り参加出来るようにして地域社会との交流を図る。

8)入居者の年齢制限は無し。(シニアに限定しない。)

9)入居者の非常時に対応出来るように看護士のような方が24時間・365日常駐し、病院とも提携する。

10)将来、介護が必要になっても、転居しなくてすむように介護施設を併設する。

11)現在、日本のシニア住宅で広く行われている、入居時にまとまった入居権利金を払う方式ではなく、権利金を伴わない、通常の分譲・賃貸であること。

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2008年11月28日 (金)

女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡテレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。(その10)贅肉をつけないように生きていく

黒柳徹子
「私、本当に思うのよ、鳥なんか見てると、アルバムなんか持ってないじゃあないか、写真なんか持って無くても、ああやって身軽に飛んでいる、あれで良いじゃあないかって、思うんですけど、仕事をしているとねー、そうもいかないのでね・・・
夏羽織一枚じゃあ、一寸、仕事も出来ないし・・・」

有馬稲子
「(うなずいて)出来ない・・・
(夏羽織一枚は)それはもう、理想です・・・」

黒柳徹子
「でもまあ、そう思いながら生きて、贅肉をつけないように生きていけばね・・・」
11月29日のブログに続く)

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生徒の能力をいかに引き出すか。実践的な教育を取り入れ注目される品川女子学院(漆紫穂子(うるし しほこ)校長)。かっては1学年が5名という時期もあり、廃校の危機にすらあった学校が、ユニークな教育で再生され注目を集めています。11月24日のテレビ東京の「カンブリア宮殿」の放送を中心に参考になる話を紹介します。(その4) 生徒に取ってとって何が大事なのかを考え・・・

漆紫穂子(うるし しほこ)校長
「皆さん制服とか、校舎・校則を注目されるが、それは外から見た氷山の一角で、見えているところはほんの一寸で、例えば、トイレも建て替える時に考えたのは、生徒の1日を考えて、何が大事なのかを考えた時に、“息抜きが大切だ”と思いました。
トイレって、先生も入ってこないし、色々おしゃべりも出来る。
女の子だから、身だしなみをするのも興味があるので、学年ごとに色を変えて、鏡を大きくして居心地の良い空間にしたらどうかな、いつも、生徒にとってどうなのかなー、生徒の1日や生徒の将来とか、そういう物語を考え、ひとつ一つの事を変えていきました。」

小池栄子(番組のキャスター)
「失敗したとか、ありますか?」
(続く)

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2008年11月27日 (木)

生徒の能力をいかに引き出すか。実践的な教育を取り入れ注目される品川女子学院(漆紫穂子(うるし しほこ)校長)。かっては1学年が5名という時期もあり、廃校の危機にすらあった学校が、ユニークな教育で再生され注目を集めています。11月24日のテレビ東京の「カンブリア宮殿」の放送を中心に参考になる話を紹介します。(その3) 自分達の事は自分達で決める。

生徒達で構成される「生活向上委員会」があり、例えば、生徒が使う鞄(かばん)は生徒のアイディアで作られる。

材質やポケットの数、ファスナーの引き手、肩に担いだ時肩に痛くないか、重くないか、使い心地、等、生徒達が自分達でチェックし、討論し、決めていく。
業者と交渉するのも何と生徒達である。

自分達の事は自分達で決める。
生徒達の自主性や積極性を芽生えさせていくのである。

こうした改革により偏差値が20ポイント上昇し、入学希望者集は7年で60倍に膨れ上がり、品川女子学院は一躍人気校に生まれ変わった。
(続く)

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2008年11月26日 (水)

生徒の能力をいかに引き出すか。実践的な教育を取り入れ注目される品川女子学院。かっては1学年が5名という時期もあり、廃校の危機にすらあった学校が、ユニークな教育で再生され注目を集めています。11月24日のテレビ東京の「カンブリア宮殿」の放送を中心に参考になる話を紹介します。(その2)外面と内面の改革

品川女子学院の創業家に生まれた漆紫穂子(うるし しほこ)さんは、他の学校に勤めた後、廃校寸前といわれた1989年に実家の学校に入り、改革に乗り出した。

漆紫穂子(うるし しほこ)さん
「力の無い事は分かっていたんですけど、何か出来る事が少しでもあるんであれば、やらなければ後悔するかなと・・・」

1)実家の保証で銀行借り入れを行なって、老朽化していた校舎を明るくモダンな建物に一新した。

2)伝統ある品川高等学校・中学校の校名を品川女子学院に変えた。

3)三つ編み・おかっぱ・お下げ以外は全て禁止、という厳しかった髪型の規則を廃止。

4)古風なセーラー服から、可愛らしいチェックのプリーツスカートの制服へ新デザインの導入。

これらの外面的な改革は、誰でもある程度することであるが、漆さんは、更に、生徒の活力・能力を引き出す改革にトライする。
(続く)

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11月19日のテレビ朝日の「徹子の部屋」に大橋巨泉(きょせん)・寿々子(すずこ)夫妻が出演されました。巨泉さんは網膜剥離と緑内障(りょくないしょう)を患いながら、尚、本を出版したり前向きの生活を送っておられますが、参考になる話の幾つかを紹介します。(その5)65歳から勉強を始めて美術の本「目からうろこの絵画の見方」を出す

大橋巨泉さんは、「目からうろこの絵画の見方」の本を出しておられます

黒柳徹子
「目が悪いと仰(おっしゃ)って、よく絵を見てお歩きになる・・・」

大橋巨泉
「そうですね、これシリーズで、5巻まで、ピカソまで出すつもりなんで」

黒柳徹子
「でもあれね、相当勉強なさったでしょう・・・」

大橋巨泉
「無茶苦茶ですね、僕は生まれてから70数年、あんなに勉強した事はない」

黒柳徹子
「そうでしょう、あれは、お勉強の跡が見える・・・」

大橋巨泉
「教会・修道院、ありとあらゆるところを廻りましたから・・・
ただ、目が悪くなってますから、只の運転手ではなくて、家内に、目になって貰って、時々分からないのがあるんですね、“左側にあるのは何だ、あれ”っとか訊く訳ですよ・・・
益々、頭が上がらない」

黒柳徹子
「でも、5巻までお出しになるのね・・・65歳から勉強を始めたって、本当?」

大橋巨泉
「そうです!」
(大橋巨泉(きょせん)・寿々子(すずこ)夫妻の項、終わり)

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2008年11月25日 (火)

11月19日のテレビ朝日の「徹子の部屋」に大橋巨泉(きょせん)・寿々子(すずこ)夫妻が出演されました。巨泉さんは網膜剥離と緑内障(りょくないしょう)を患いながら、尚、本を出版したり前向きの生活を送っておられますが、参考になる話の幾つかを紹介します。(その4)「定期的に検査して、早期発見を・・・」

大橋巨泉「去年は随分緑内障(りょくないしょう)キャンペーン何かに出て、警告を発したんですけど、必ず、1年にいっぺんか、半年にいっぺん、眼科に行って、視力・眼底・視野の検査をする事を、皆に薦めているんです。
70何年生きていると、人間、何処か悪いところが出てくるんで、僕の場合は、早期発見に努めているんですけど・・・」
(続く)

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生徒の能力をいかに引き出すか。実践的な教育を取り入れ注目される品川女子学院。かっては1学年が5名という時期もあり、廃校の危機にすらあった学校が、ユニークな教育で再生され注目を集めています。11月24日のテレビ東京の「カンブリア宮殿」の放送を中心に参考になる話を紹介します。(その1)

品川女子学院
http://www.shinagawajoshigakuin.jp/home.html
大正14年権現山公園(現在品川区立城南中学校校庭)に荏原女子技芸伝習所として開設。
大正15年同所に荏原女学校設立。
平成3年校名を「品川女子学院」に変更。
平成16年中高完全一貫制スタート。
平成18年 漆紫穂子(うるし しほこ)、校長(6代)に就任。

品川女子学院は、創立82年の全校生徒1,200名、入学倍率3.3倍の都内屈指の人気校で、中高一貫教育の女子中・高校です。

朝7時半、漆紫穂子(うるし しほこ)校長は、学校の玄関で登校してくる生徒全員を出迎えます。
(続く)

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2008年11月24日 (月)

11月19日のテレビ朝日の「徹子の部屋」に大橋巨泉(きょせん)・寿々子(すずこ)夫妻が出演されました。巨泉さんは網膜剥離と緑内障(りょくないしょう)を患いながら、尚、本を出版したり前向きの生活を送っておられますが、参考になる話の幾つかを紹介します。(その3)

黒柳徹子
「物にぶっつかったりとかしますでしょう?」

大橋巨泉
「します。ですから、家内がいる時は家内、いない時はマネージャーが、階段のありそうなところへ行くと・・・
階段は怖いです。昇りはいいですけど、下(くだ)りが。だから駅なんかに行ったら、あの野郎巨泉の野郎、手すりに掴(つか)まってたぜ、と言われようと、何しようと、必ず、手すりを使うし・・・」
(続く)

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2008年11月23日 (日)

11月19日のテレビ朝日の「徹子の部屋」に大橋巨泉(きょせん)・寿々子(すずこ)夫妻が出演されました。巨泉さんは網膜剥離と緑内障(りょくないしょう)を患いながら、尚、本を出版したり前向きの生活を送っておられます。参考になる話の幾つかを紹介します。(その2)

大橋巨泉 「一番ひどくなると失明ですけど、その前の段階だと、例えば、50円玉の穴から物を見ているような状況になるらしいです。 僕はそこまで悪くないですけど、僕の場合は、例えば黒柳さんの顔を見るのに、もし(悪い方の)左目だけで見るとしたら、顔の鼻を見たら、見えないのです。頭の上の髪のりぼんの10センチぐらい上を見ると、顔が見えるんです。 (笑いながら)変でしょう。」
(続く)

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2008年11月22日 (土)

女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡテレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。(その9)旅先でぽかんと死にたいと思っているんですけどね・・・

黒柳徹子
「私、50の時、そう思いましたよ。“えっ”と(首を廻す)、これぐらいで、もう、50だわってね。 で、後は、10年ずつ、束になって飛んでいくそうですから。 
50過ぎたら。」

有馬稲子
「そうですか、束ですか・・・」

黒柳徹子
「束ですよ、貴方。束ですから、バン、バンと飛んで行きますから、やっぱり、それに対応するにはね。」

有馬稲子
「旅に病(や)んで夢は枯野を駆け巡る。というのがありますけど、本当にね、最後はね、旅に行って、旅先でぽかんと死にたいと思っているんですけどね・・・」
11月28日のブログに続く)

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2008年11月21日 (金)

女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡ(その8)テレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。

黒柳徹子
「お友達も大事! それで体を鍛えておいて、どんな時でも直ぐ、“はい、大丈夫ですよ”って、動けるようにしておかないとやっぱり、大変だって事ね・・・そうやっておかないと、若い時から皆、頑張って・・・」

有馬稲子
「そうですね。若い人は、何だ他人(ひと)の事だと思って見ていても、直ぐ、この、後期高齢者になるんですよ」

黒柳徹子
「そうよ! もう一瞬ね!はっきり言って、今、若い方が、へん、あんな事を言ってる、なんて言っても、50なんて、“えっ”、と(首を廻して)これぐらいね!」

有馬稲子「そうです。」

黒柳徹子
「私、50の時、そう思いましたよ。“えっ”と(首を廻す)、これぐらいで、もう、50だわってね。 で、後は、10年ずつ、束になって飛んでいくそうですから。 50過ぎたら。」
11月22日のブログに続く)

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2008年11月20日 (木)

11月19日のテレビ朝日の「徹子の部屋」に大橋巨泉(きょせん)・寿々子(すずこ)夫妻が出演されました。(その1)巨泉さんは網膜剥離と緑内障(りょくないしょう)を患いながら、尚、本を出版したり前向きの生活を送っておられますが、参考になる話の幾つかを紹介します。

大橋 巨泉(おおはし きょせん、1934年3月22日生まれ)
早大中退。東京都墨田区両国生まれ。
タレント、放送作家、司会者、評論家、元参議院議員、オーケープロダクション(旧・大橋巨泉事務所)取締役会長

大橋巨泉
「緑内障は、今の医学では治らないという事で、3種類の目薬を、毎日、5回さしています。」

黒柳徹子
「奥さんが時間です、と言って・・・」

寿々子(すずこ)夫人
「いえ、しっかり自分で管理して」

大橋巨泉
「朝起きた時と夕方と、寝る前にさす」

黒柳徹子
「始めは何で分かったの? 視野狭窄(しやきょうさく)とおっしゃる・・・」

大橋巨泉
「視野が欠けて行く訳ですよ。」 
(続く)

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女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡ(その7)テレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。

有馬稲子
「(京都で錦之介さんと住んでいた家は広く)て4人お手伝いさんがいて私が先頭になって掃除をしていましたが、それでも間に合わないくらい大変でした。(それに較べて)今の部屋は凄いですよ。宇宙飛行士が飛行船の中に入っているみたい。 
小さいですからね。一部屋ですから。 
もう、もがきながら。 
台所はレンジが一つしかないの。 
だから使い方を頭で考えるでしょう・・・」

黒柳徹子
「でも今は、それで満足して、これでやっていくぞって」

有馬稲子
「決心しているところね・・・」

黒柳徹子
「でも、偉いと思う。
そういう風に自分で考えていかなければ、これから駄目だと思う。」

有馬稲子
「それとお友達よね。 お友達がしっかりした人がいてくれる」

黒柳徹子
「その宝塚の方が先輩?」

有馬稲子
「同期生なんだけど、年が上で、しっかりした方なんです。 
ですからその人にリードして貰っています。」

黒柳徹子
「そうでなくとも、色んなお友達がいらっしゃるから。お友達は大事よね。」

有馬稲子
「大事ですよ。本当!」

11月21日のブログに続く)

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2008年11月19日 (水)

渡哲也さんと“がん告知”・15日夜9時放送のテレビ朝日のドラマ「告知せず」で、渡哲也さんは、高畑淳子さん演じる妻にがんが見つかる外科医の役で出演している。研修医の息子を滝沢秀明(26)さんが演じている。(その6)自身の直腸癌(がん)について②

黒柳徹子
「そうやって17年前に手術をなさって、それから養生もなさっておられると思いますが、こうやって元気にお仕事もお出来になるので・・・こういうことをやっておられる方が、元気に生き抜いていらっしゃることをお見せになるのが・・・お目にかかってもいつも血色も良いし・・・色々気をつけていらっしゃるとは思うんですけど・・・でもやっぱり、不安というものはあるものなんですかね?」

渡哲也
「当初はありましたですよ。これでやっていけるのかなという・・・」

黒柳徹子
「でも、癌も治る病気になるといいですね」

渡哲也
「やはり早期発見というんですかね、私の経験から言っても、検査は定期的にやれば、ええ、早く見つかれば、何てことはないんですから・・・」

黒柳徹子
「今は、そうですってねー本当に・・・17年前に手術をなさって、(今は)凄くお元気なんだけど、でもやっぱり、毎回、今日の仕事は、之が最後なんだと思うようにしてやろう、それぐらいの意気込みで、いつも、やってらっしゃる・・・」

渡哲也
「ああ、それはありますですね・・・ですから、癌で苦しんだお土産が、これがお前の最後の仕事じゃあないかという、ことで、ああ之で最後なのかな、之で最後なのかな、という想いで、一本一本、やらして戴いています。」

黒柳徹子
「そうすると、手術をなさる前とは、随分、違う!」

渡哲也
「違うと思います。」

黒柳徹子
「お辛(つら)い事も沢山あるけれど、いい贈り物が渡りさんのところに来たと思えば、私達は、いいものを見せて頂けるわけなんで」

渡哲也
「そういう風に考えています。」

番組では、ネクタイ姿で、ダークスーツに身を包み、両手を膝に置いて、背筋をきりっと伸ばし、静かに語る渡哲也さんでした。

(渡哲也さんの項終わり。次回は、失明の恐れと闘う大橋巨泉と寿々子(すずこ)夫妻の予定です)

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11月10日のNHK総合テレビジョンの「英語でしゃべらナイト」にスーパーモデルの杏(あん)さんが出演しました。 英語学習や海外活動の興味ある話の幾つかを紹介します。(その4)杏(あん)さんの英語学習法

19歳で単身、海外に挑戦したスーパーモデル・杏(あん)さんは、英語もまさに手探(てさぐ)りで独学しました。


「最初に、あ、これ便利じゃんと気がついたのが、Howという言葉。 
I don’t know how can I say… I don’t know how to go…how to use…というように、How のあとを色々替えると、全部訊けたので、これは、便利だぞって。
取り敢えず、最初はそうやって survive(サーバイブ)していました。 
今は、音楽が大好きなので、それを聴いて、歌詞を聞き取って書いたり・・・」

そして番組では、ビートルズとクイーンの曲の一部を聞き取って書くテストを、杏(あん)さんと押切もえさんら合計4人の出演者が挑戦しました。
(続く)

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2008年11月18日 (火)

11月10日のNHK総合テレビジョンの「英語でしゃべらナイト」にスーパーモデルの杏(あん)さんが出演しました。 英語学習や海外活動の興味ある話の幾つかを紹介します。(その3)海外でサバイバルの為のオーディショングッズ

杏(あん)さんが、スタジオに持ってきて披露した、海外のオーディションで活躍する為のグッズです。

1)B5ぐらいの大きさのノート。
オーディションの住所や情報を書き写すのです。 
テレビでノートを写しましたが、割りに綺麗な横文字が並んでいました。 
いっぱいあって分からなくなるので、済んだのは斜線を引いて消していました。 
伝える方(情報の発信元)が割りにアバウト(いい加減)なので、引っ越したのに、古い住所をくれて、前の所に着いたりとか、住所が違ったり、違う日付だったりすることもあるそうです。 
そして、どんなトップモデルでもキャスティングは受けなければならないそうです。

2) パリやニューヨークの地図。
番組で見せてくれたパリの地図はぼろぼろになって、裏表紙は無くなっていました。一番よく行くMaraisの地区の頁は取れかかっていました。 
お陰で今は、「パリとニューヨークなら、アドレスを渡されれば、何処でも行ける」、と杏(あん)さんは言っていました。

3)プラットフォーム抜きでも15センチはある、オーディション用ハイヒール。
これだけの高さのハイヒールでこれだけの歩きが出来ます、というのを示さなければならないそうです。 
一日に沢山、会場を廻るには、移動は、紐が無くて、直ぐに脱げるスニーカーを履く場合が多いそうです。 建物の前で、高いハイヒールに履き替えます。
(続く)

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2008年11月17日 (月)

女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡ(その6)テレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。

黒柳徹子
「でも、そうやって決心なさって、お一人の老後を率先してやっておられるのは良いなと思います・・・」

有馬稲子
「老後って言われても一寸、困るんですけど・・・皆さん、それは元気ですよ! 私も囲碁を一寸勉強したいと思ってるんですけどね」

黒柳徹子
「そういうのは、お得意な方がいらして始めましょうと仰るんでしょうからね」

有馬稲子
「ビリヤードから、コントラクトブリッジ・・・いっぱいありますよ。」

黒柳徹子
「私やってみたいと思ってるのよ、ビリヤード」

有馬稲子
「どうぞいらして下さい。」

黒柳徹子
「いいわねー」

黒柳徹子
「いずれにしても貴方の今いらしている所は、元気であれば入れるという所で、本当に普段から、自分の事は自分で出来るって、若い時からやってなければ駄目ね。」

有馬稲子
「そうなんですよね。私はパソコンなんて弱いんですね。 私の友達がパソコンが出来ないとこれから生きてゆけないわよって言うのね、彼女が。これから習おうと思っているんですけどね。 なさいます?」

黒柳徹子
「少し、一寸だけね」

有馬稲子
「私、本当に機械に弱いから生きていけないかもしれません、これから・・・」
11月20日のブログに続く)

有馬稲子さんのブログです。参考までに。

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渡哲也さんと“がん告知”・15日夜9時放送のテレビ朝日のドラマ「告知せず」で、渡哲也さんは、高畑淳子さん演じる妻にがんが見つかる外科医の役で出演している。研修医の息子を滝沢秀明(26)さんが演じている。(その5)自身の直腸癌(がん)について

渡哲也
「最初、ドクターから“軽い手術をするかもしれません”、という言い方をされまして、それでうちの小林(専務)が病院に呼ばれまして、事情を聴いてみると、どうも直腸がんらしいと、手術しなければ駄目だと。 
小林から、手術を受けるんですが、そうすると人工肛門になるとゆうことで・・・

実は、私の親父も同じような病気だったんですよ。
あの頃の医学ですから、酷(ひど)いものだったんですが、今のように医学が進んでいませんでしたから。 

その頃の親父の姿を思うと、ああこれは、俳優としてやっていけないなと・・・
(手術をした)17年前は、癌(がん)イコール、死という時代でしたから、昼間はいいんですよ。色んな方が来てくれたりしますから。 只、夜になって、一人になると、自分が逝(い)ったら家族がどうなるのかなとか、自問自答するんですね。 
結局、答えは出ないんですけど、そうやって朝を迎えて、昼になると、人が来てくれて、で、夜になると又、同じ事を考えて、みたいな・・・」
(続く)

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2008年11月16日 (日)

渡哲也さんと“がん告知”・15日夜9時放送のテレビ朝日のドラマ「告知せず」で、渡哲也さんは、高畑淳子さん演じる妻にがんが見つかる外科医の役で出演している。研修医の息子を滝沢秀明(26)さんが演じている。(その4)石原裕次郎さんの場合②「裕次郎さんの人生ですから、例えば、自分が癌(ガン)だと知った場合に、裕次郎さんだったら、どういう生き方をしたのか・・・」

黒柳徹子
「奇跡みたいなものが起きるだろうと思ったりしません? そんな時・・・」

渡哲也
「まあ、私達はそれにかけていたんですけどね・・・」

黒柳徹子
「告知するかどうか、その時は随分、お苦しみになった・・・」

渡哲也
「今になって思うと、告知した方がした方が良かったのかなと、思ったりしますけど・・・」

黒柳徹子
「手術して何とかなるというんだったら別だけど・・・」

渡哲也
「まあそうですけど、これは裕次郎さんの人生ですから、例えば、自分が癌(ガン)だと知った場合に、裕次郎さんだったら、どういう生き方をしたのか、ええ、ということを考えると、うーん・・・告知した方が良かったのかな、という思いも正直ありますですね。今になって思いますと・・・」

黒柳徹子
「奥さんの石原まきこさんにも仰らなかったんですって・・・」

渡哲也
「ええ、そうですね。」

黒柳徹子
「でも、そうやって、希望を持って生きていく事が、人間が又、頭の中、ナチュラルキラー細胞とか出て、免疫を高めるとか、よく言いますのでね・・・そういう“希望”とか、“前向き”とかは人間にとって必要な事だとは、思いますけどね・・・」

(続く)

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2008年11月15日 (土)

渡哲也さんと“がん告知”・15日夜9時放送のテレビ朝日のドラマ「告知せず」で、渡哲也さんは、高畑淳子さん演じる妻にがんが見つかる外科医の役で出演している。研修医の息子を滝沢秀明(26)さんが演じている。(その3)石原裕次郎さんの場合①「裕次郎さんの前向きに生きようとする姿を見ると、どうしても私は言えませんでしたね。」

11月14日のテレビ朝日「徹子の部屋」に渡哲也氏が出演し、今回のテレビドラマ「告知せず」の事や、石原裕次郎氏との事を語っています。

渡哲也氏
「(石原裕次郎さんの闘病の時)私、ハワイにずーとついて行ってまして。
復活を目指して、毎朝、起きると1キロ一寸、砂浜を歩いて、戻ってきてそれから、鉄アレイで体操されたりするんですよ。
兎に角、早く元気になって、映画を作りたいという・・・

倉本聰(くらもとそう)さんにハワイまで来ていただいて話の打ち合わせをしたり・・・
そういったことをまのあたりにして、又、裕次郎さんのガンが当時の医学では手術が出来なかったんですね。 
もし、手術が出来るものであるならば・・・

裕次郎さんの前向きに生きようとする姿を目の当たりにしてきましたんで、どうしても私は言えませんでしたね。」

(続く)

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2008年11月14日 (金)

女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡ(その5)テレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。

有馬稲子
「(今住んでいるマンションには多くの人がいて)色んなことを言ってらして、多田富雄さんの記事が出ていたんです。朝日新聞に。そうしたら多田富雄さんの事を教えて下さった方がいて、この方は東大教授の免疫学者ですけど、或る日突然、半身不随になっちゃうんですよ。言葉も出なくなって。それで自分がどうやってリハビリをしていくかという事が書いてあるの。感動的なんですね。 
私、今、この方に夢中になって心酔しているんですけど、この本【多田富雄著「寡黙なる巨人」集英社1,575円税込】を、是非、日本中の方に読んで頂きたいって思うんですね。それぐらいの素敵な方なんです。」

黒柳徹子
「それで、マンションの皆さんにお読みなさいって言って・・・」

有馬稲子
「そう、こういうことがあると直ぐ言うんです。 
それから自分の仕事も、どこそこに出ますからねって言うと、京都まで見に来て下さったりするんですよ。」

黒柳徹子
「随分、いいですね、貴方! 
そうするとそこで好かれるようにしてないといけないわね。普通にしていればいいんでしょうけど・・・」

有馬稲子
「私、別に悪い人じゃあないし・・・そう、嫌われないと思うんですよ。」

黒柳徹子
「そうそう、そう思うわよ。 
大丈夫よ。
昔、映画を見ましたよ、という方もいらっしゃるでしょうし。」

有馬稲子
「昔の映画を観ている会もあるし。 
私、今から陶芸と書道の会に入ろうと思っているんです。」

黒柳徹子
「そういうのは、皆、自分達で作るの?グループを・・・」

有馬稲子
「自分達でやってるんです。自分達で運営しているというか・・・皆さんが。」

黒柳徹子
「もし、紙がいるとか、墨がいるとかは、お金を一寸、出し合って、集まってやればいい・・・
それは凄く良いと思うんですよ。」
次回11月17日のブログに続く)

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渡哲也さんと“がん告知”(その2)明日15日夜9時放送のテレビ朝日のドラマ「告知せず」で、渡哲也さんは、高畑淳子さん演じる妻にがんが見つかる外科医の役で出演しています。研修医の息子を滝沢秀明(26)さんが演じています。

病院のシーンは実在の山梨県立中央病院内で撮影され、渡が執刀する迫力の手術シーンは実際の医師や看護師の助言を受けて、リアルに描かれているという。 
グアムロケも行われた“家族の絆”がテーマのドラマです。

渡哲也さん自身も91年6月に直腸がんの告知を受け、手術を受けています。 
当時、芸能人としては異例のがんの公表を行っています。 
当時を振り返り渡哲也さんは、「昼間は誰かが病室に来てくれて気が紛れたが、当時はがんイコール死というイメージだったので、夜、1人になると、これからどうなるのかと考えた」と語っています。

87年7月には、石原裕次郎さんが肝細胞がんで亡くなっています(享年52)。
渡哲也さん達周囲の関係者は病名を知っていたが、再起にかけて闘っていた裕次郎さんの事を考え、本人には告知しませんでした。
(続く)

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2008年11月13日 (木)

11月10日のNHK総合テレビジョンの「英語でしゃべらナイト」にスーパーモデルの杏(あん)さんが出演しました。 英語学習や海外活動の興味ある話の幾つかを紹介します。(その2)番組で英語で挨拶

 
1)番組の冒頭は、いきなり英語で自己紹介です!
聞いた感想は、決して流暢(りゅうちょう)な英語とは言えないですが、物怖(ものお)じせず喋っているのはさすがです。

2)今年の夏は、宿坊に興味があって、滝に行って、打たれてきたそうです。
①好奇心・多くのことに関心がある。
②実行力がある。
これって、一流になる人の要素ですよね。

3)杏(あん)さんは、東京に生まれ、育ったので、「海外に留学や生活した経験は無いに等しい」、と本人の弁。

4)15歳でモデルデビューし、19歳で単身、海外に渡り、いきなり、パリコレデビューを果たし、以来、NYやミラノ・東京のコレクションで有名メゾンに次々抜擢されました。 しかし華やかな舞台の裏には激しい競争があります。その最大の関門が本番前のオーディションです。 

杏(あん)さんは、海外で一人で奮闘したわけですが、番組では、その苦労をしのばせるオーディショングッズを披露しました。

(次回へ続く)

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渡哲也さんと“がん告知”(その1)渡哲也さんのエピソード

以下は、インターネット上のフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』からの引用を中心として編集しています。

本名 渡瀬 道彦 (わたせ みちひこ)
1941年12月28日生まれ

青山学院大学経済学部卒業。青山学院大学時代は空手部に在籍し空手2段。柔道初段。

石原裕次郎と誕生日が同日(7歳差)。
俳優の渡瀬恒彦は弟。

青山学院大学在学中、日活が浅丘ルリ子主演100本記念映画の相手役となる新人「ミスターX」を募集しており、この事を知った弟の恒彦や所属していた空手部の仲間が渡に内緒で応募した為、本人は激怒する。しかし、「撮影所に行けば、石原裕次郎に会えるかも知れない。」との友人の言葉から日活撮影所の見学中にスカウトを受けデビュー。

プロテニスプレイヤーの錦織圭の曽祖父と渡の祖母は兄弟という縁戚関係である。

「仁義なき戦い」シリーズで大センセーションを巻き起こしていた深作欣二監督のもと1974年から75年にかけて『仁義の墓場』、『やくざの墓場 くちなしの花』に主演。興行的には惨敗したものの、この2作はヤクザ映画史に残る傑作として名高い。

1987年、裕次郎死後、石原プロ社長に就任する。

1992年に自ら直腸癌であると発表し、柏木純一の著書『渡哲也 俺』に壮絶な闘病記が記されている。これにより、オストメイト(人工肛門使用者)として知られることになり、主な公共施設に専用トイレや設備が普及する遠因となっている。

2005年、紫綬褒章受章。

エピソード
1)日活デビュー当時、食堂で食事をしていた石原裕次郎に挨拶に行った際、他の俳優達と違って裕次郎はわざわざ立ち上がって握手し「石原裕次郎です。君が新人の渡君ですか、頑張って下さいね」と声をかけたというエピソードがある。
渡はこの事に非常に感激し、それが後の石原プロに入社する経緯にもなった。
自分が若手から挨拶を受ける立場となった現在も同じ態度で接しており、ドラマで共演したV6の岡田准一や滝沢秀明はかつての渡同様に感激している。

2)色々と世話になった石原の窮地を救うため当時180万円(現在の価値で1000万円に相当)の全財産を持って石原の元へ赴き、「社員の皆さんのお茶代にでも使って下さい」と差し出したのは有名な話である(無論、石原は気持ちだけ受け取った)

3)『大都会 PARTIII』撮影時、共演していた宮本刑事役の苅谷俊介の夫人が入院しており苅谷が金に困っているという話を聞き、撮影終了後に苅谷を呼び止め「お前怒るなよな。見舞いには花が相場なんだがあいにくないんでな。少ないけどこれ取っとけ」と言って金の入った封筒を渡した。苅谷は帰っていく渡の後ろ姿を涙でまともに見られなかったと、自身の著書『土と役者と考古学』で語っている。

4)『西部警察』で演じた大門圭介でサングラスをかけるきっかけになったのは、当時40歳で「40歳にもなってマシンガン持ってドンパチやる姿が恥ずかしいから」という理由であった。

5)2003年、『西部警察2003』の撮影中に石原プロ所属俳優が運転するスポーツカーが見物人に突っ込み5人が重軽傷を負う事故が発生した。それを受け、即全ての予定をキャンセルして、すぐさま背広姿で、被害者の入院先を訪れ、病室で靴を脱ぎ、土下座で謝罪した。このことは記者会見で自らカミングアウトした形で判明した。このとき、「私が土下座したことは話してもよいのでしょうか?」と同席した事務所関係者に尋ねる声がマイクに入っている。マスコミは渡のひととなりが表れていると概ね好意的に報道したが、一部の視聴者からは「わざとらしい」との感想も聞かれた。

6)趣味は「焚火」。火が上がるような焚き火ではなく、煙が一筋昇るくらいが良いとのこだわりがあり、たなびく煙の行方を眺めているのが好きだとのこと。

7)意外なようだが甘党で、ケーキやソフトクリームが大好物であり、大方の甘党がそうであるように下戸で、飲めない酒を無理して飲んでいたのは有名。石原裕次郎の晩年にヤケ酒のような飲み方をしていたが、次第に人並みに飲めるようになったとの本人談もある。
タバコも昔は『西部警察』などのドラマの中でも吸っていたが、ガン闘病以降は吸わなくなった。

8)歌手の長渕剛の熱烈なファンとして知られる。「プロ野球の清原選手以上の長渕ファン」とは本人の弁である。渡の入院中に長渕が見舞ったり、長渕のコンサートに渡が出向くなど、非常に親しい関係である。

9)『西部警察』などでのイメージからか気が短いように誤解されるが、実際は温厚な人柄。

10)出身地ともいえる淡路島が阪神淡路大震災で大きな被害を受けた時に、弟の恒彦と共に淡路や神戸を訪れ炊き出しを行い、被災者を勇気づけた。被災地に赴く前には、「お世話になった淡路島の人々に少しでも恩返しをしたいが、売名行為と取られたり、芸能人の自分が行く事でマスコミを呼ぶ事になり、かえって迷惑を掛けたりしてしまうのではないか」と悩んでいたが、石原プロの小林専務の「売名行為と言う奴には言わせておけばいい。阪神淡路は渡さんだけでなく、裕次郎さんが育った土地なのだから、行くべきだ」との言葉に後押しされて駆けつけている。

話題の出演作
愛と死の記録(1966年、日活、監督・蔵原惟繕)「ブルーリボン新人賞」を受賞。 吉永小百合との初共演作品

大忠臣蔵(1971年、NET(現・テレビ朝日)三船敏郎主演)-堀部安兵衛役

大河ドラマ 義経(2005年、NHK) - 平清盛 役
これまで悪役のようなイメージが定着していた清盛を、異国との貿易によって国を繁栄させようとする、スケールの大きい人物として演じ、近年の当たり役としての評価も高い。

代表曲
くちなしの花(1973年8月21日)

(次回に続く)

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2008年11月12日 (水)

「年の差33歳の妻とミッキーカーチス」(その3)11月10日のテレビ朝日の徹子の部屋に、今から50年前、平尾昌晃、山下敬二郎と共に「ロカビリー3人男」として一世を風靡し、今年1月に33歳年下のピアノ教師の女性と入籍をしたミッキーカーチス氏が登場し、二人のなりそめや、生活を語りました。印象に残った幾つかの話を紹介します。

ミッキーカーチス氏は、5ヶ国語(英・仏・独・タイ・日)に堪能で、趣味は生け花・彫金ですが、その活動範囲は音楽関係に留まらず、レーサーとして、いすゞワークスでマカオ・グランプリをはじめとして数々のレースに参加する他、立川流一門会“ミッキー亭カーチス”として落語界でも活躍、半世紀に及ぶ芸歴を持つエンターティナーです。

音楽の世界ではプロデューサーとして、ミリオンセラーとなったガロの『学生街の喫茶店』('71)、そして矢沢永吉をはじめとするCAROLの生みの親でもあります。
'79年にはアメリカ映画「スタートレック」のサウンドエフェクトも担当、'94年にはプロデュースを務めたアルバム『From The Moon For Trees』が日本レコード大賞企画賞を受賞している他、現役プレイヤーとして数多くのコンサートやライブ活動を行っています。

本人のブログによれば、「おれは何でも新しい物好き」で、i-phoneが登場した時もいち早く替えています。

今回の結婚について、「年齢差は全然意識したこともないし、趣味とか話とか全部が合うので違和感もない」と語っているのも頷(うなづ)けます。

ミッキーカーチス氏は、今まで、ずーと47キロだったのが結婚して、夫人の1日30品目の手料理を食べるようになって53キロに増えたと番組で言っていました。

(「ミッキーカーチス氏」の項、終わり。 
次回は「渡哲也氏とがん告知」の予定です。)

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11月10日のNHK総合テレビジョンの「英語でしゃべらナイト」にスーパーモデルの杏(あん)さんが出演しました。英語学習や海外活動の興味ある話の幾つかを紹介します。(その1)

杏(あん) (本名 渡辺 杏)
1986年4月14日生まれ
82 - 60 - 88 cm 177 cm

15歳から集英社発行の女性ファッション雑誌『non-no』の専属モデル。
2008年1月号から小学館発行の『Oggi』の専属モデル、表紙キャラクターとなる。

2005年から海外のプレタポルテコレクションでも活躍しており、Anna Sui、Louis Vuittonなどの著名メゾンのコレクションに多数出演している。
『News week誌』の2006年「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれる。

青山学院中等部卒業。堀越高等学校中退。高認を保持している。
父は俳優の渡邊謙さん。

(次回へ続く)

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2008年11月11日 (火)

女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡ(その4)テレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。

有馬稲子
「この間も、私、一寸、具合が悪くなって、夜中に電話したら直ぐ、看護師さんが飛んできました。看護師さんが常駐なんですよ。」

黒柳徹子
「夜、お休みになるのが凄く早いんですって?」

有馬稲子
「そう、9時半ぐらいに寝なきゃあ駄目なんです。 
朝、7時半に朝食の用意が出来ましたって放送が入るので、どうしても7時半に目が覚めちゃうんですね。その為に早く寝るんです。 
朝起きて、お湯を沸かして、コップなどを煮沸消毒して、私、消毒が趣味なんです。 それから散歩をして、足の調子が良い時は(有馬さんは舞台公演で足を痛め、手術をして足に金属を入れています)1万歩くらい、駄目な時は、それでも2,000歩ぐらい歩いて、それから勉強をします。 
歩かないと頭の血が廻らないというか、それで必ず、歩くんです。」

黒柳徹子
「でも、あれね。この間お会いした時よりも健康そうな感じがする。全体が。 
やっぱり、空気の良いところで、早寝・早起きしてらっしゃるからかしら。」
(次回、11月14日のブログに続く)

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「年の差33歳の妻とミッキーカーチス」(その2)11月10日のテレビ朝日の徹子の部屋に、今から50年前、平尾昌晃、山下敬二郎と共に「ロカビリー3人男」として一世を風靡し、今年1月に33歳年下のピアノ教師の女性と入籍をしたミッキーカーチス氏が登場し、二人のなりそめや、生活を語りました。印象に残った話を紹介します。

彼女が連れていた犬が縁で、その時はメールアドレスを交換し、後日、彼女から「その節は犬が迷惑かけました」、とメールが来たのでミッキーカーチス氏は、来た!と、「食事を」と誘い、「犬も一緒に連れて行きますか」と訊いてきたので、「君だけでいい」、と即答。

最初のデートは、「ミイラの作り方の話」だったそうです。(ミッキーカーチス氏は博学なのです!)
実は、彼女も考古学の話が大好きですが、今までつき合った男の子は、そういう話になると引けて、弾まなかったのですが、二人の好みはその点で合ったのでした。
彼女の家は音楽家一家で、彼女もピアノの教師です。 
二人には音楽の共通の話題もありました。

ここで注目すべきは、彼女は、かって一世を風靡(ふうび)したロカビリアンのミッキーカーチス氏の名前を知らなかった事です。 

過去の名前でなく、現在目の前にいる、自分と話・波長の合う男性としてミッキーカーチス氏を見ていた事です。(次回へ続く)

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流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Zあくね」(その17)牧尾英二社長はビジネスマンではなくて伝道師である

村上龍(番組のメインキャスター)
「牧尾さんが、消費者第一、利益第二と仰っているんですが、“お客さん第一”は皆言うんですけど、“利益第二”にしたのは、何故ですか?」

牧尾英二社長
「どうしても利益を考えると、効率を優先する。効率が入ってくると、当然、商品管理が必要になる。 
そうすると今の世の中は、小売業もそうだが、或る面で管理社会的な面があって、何もかも管理しなければ上手くいかないという風潮がある気がします。 
我々、小売業ではマニュアルを覚えたらプロの営業マンになれます的なところがあって、小売業に限らず、製造業にも教育にも同じ風潮がある。 
ところが実際は、マニュアルだけでは、お客や社会のニーズには答えられないところがあるんですね。」

番組の最後に村上龍氏がつぶやいた言葉が印象的でした。
「牧尾社長はビジネスマンというより、何か、こー、民衆を導く お坊さん・・・」

(「スーパーAZ,社長牧尾英二氏」、の項終わり。次回は「ファッションモデル杏(あん)さんと外国語」の予定です。)

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2008年11月10日 (月)

女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡ(その3)テレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。

有馬稲子
「(マンションの)食堂や裏の公園で色んな方にお会いするんです。 皆さん声をかけて下さって、私が一寸記事を書いたりするとそれをちゃんと読んでいて下さって、こうですよ、ああですよ、と言って下さって、」

黒柳徹子
「ああ、いいなーと私も思うんですよ。 私も一人だから。暮らしていくのに、そうゆう風に、皆と知り合いになって、ご飯を食べに行くところもあって、自分ひとりでも食べられて、自由があって、元気で動ける間は。 
そして万一の場合は、どなたか来て下さる方もいらっしゃる・・・」

11月11日のブログへ続く)

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「年の差33歳の妻とミッキーカーチス」(その1)11月10日のテレビ朝日の「徹子の部屋」に、今から50年前、平尾昌晃、山下敬二郎と共に「ロカビリー3人男」として一世を風靡し、今年1月に33歳年下のピアノ教師の女性と入籍をしたミッキーカーチス氏が登場し、二人のなりそめや、生活を語りました。印象に残った幾つかの話を紹介します。

きっかけはミッキーカーチス氏が白金で一人で食事をしていると、犬を連れた女性が隣に座って、犬が最初にミッキーカーチス氏のところにきたのが始まりです。
「すみません」と女性。

ミッキーカーチス氏
「いやー大丈夫、動物は大好きだから」

「ペット飼ってるんですか」

「いやー、ロケとかあって、一人もんだから」

女性はミッキーカーチス氏のことを知らないので、ロケと聞いてカメラマンと思ったそうです。

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流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Zあくね」(その16)「地元の皆さんの要望に応えていったら巨大な面積になった」

村上龍(番組のメインキャスター)
「牧尾さんは、ビジネスモデルとか、マーケットが頭にあったのではなくて、地域とか、そこに生きる人々というのが、先ずおおもとにあって、その住民の方々がどうすれば喜んでくれるか、生活に潤(うるお)いがあったり、便利になったり出来るか、考えてその後に、じゃあ、こういったスーパーはどうか、と考えたのではないか、もし、そうだとしたら話が分かり易いんですけど、どうなんですか?」

牧尾社長
「まさしく、仰(おっしゃ)るとおりです。とにかく、地元の皆さんの要望に一つでも多く応えて行きたいと、そのことが、商品を揃えていったら、巨大な面積になったんですね。」

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2008年11月 9日 (日)

流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Zあくね」(その15)「スーパーマーケットを作りたかった訳じゃあない」

番組の作成でスタッフと打ち合わせ中にメインキャスターの村上龍氏が叫んだ
「ビジネスモデルとかは無いね、この人(牧尾社長)。 
あるビジネスモデルがあって、どうしようか、というんではなくて、先ず、田舎を活性化すると言うか、田舎の人に便利なようにスーパーマーケットを作った。 
お寺みたいなもんだ。 
布教をしているようなもんだ、この人には。 
兎に角、人々を幸せにしたい、そう考えないと(牧尾社長のしていることは)分からない。 
この人は別に、スーパーマーケットを作りたかった訳じゃあないんだ、きっと。」

そして、この事を番組で牧尾英二社長に質す。

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女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡ(その2)テレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。

(本ブログに掲載の内容は、プライバシー保護の為、実際の番組の内容とは、多少変えている部分があります)

黒柳徹子
「貴方が移られたマンションは、55歳以上で、自分で何でも出来る方が条件なんですね。」

有馬稲子
「そうなんですよ、自分で何でも出来なければいけない。
ですから、皆さん、クラブ活動も凄くて30ぐらい色んな活動があるんですよ。 
それで色んな方にお会いして。 
私嬉しいのは、前にいたマンションも良かったんですけど、中々、訪ねないとお会い出来ない。 
しかし、そこ(今のマンション)は、晩だけ食堂にご飯を食べに行くと、皆さんいらっしゃるでしょう、色んな方にお会いして、色んな話を聴けるのが」

黒柳徹子
「お部屋にお台所があるから、朝昼は自分で作っても良くて、夜は食堂にいくと、皆がいる、知らない方でも、宝塚のお友達でも、兎に角色んな方がいらっしゃって。 食堂があるほかに、大浴場、ゲストルーム、お茶室、陶芸室、サークルルーム、図書室、ケアルーム、(サークル活動も)麻雀、詩吟、句会、カラオケ、太極拳、色んなことが出来るようになっていて、」

有馬稲子
「世帯数が多いから。 色んな方にお会いするんですね。 そして、(マンションの)裏が凄いんです。 大きな公園があって、そこを歩いていると森林浴をしているような・・・」

11月10日のブログに続きます)

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2008年11月 8日 (土)

女優・有馬稲子さんのシンプル(コンパクト)ライフ・パートⅡー終の棲家(ついのすみか)を考える(その1)テレビ朝日11月5日放送の「徹子の部屋」に女優の有馬稲子さんが出演され、横浜のマンションに移られた近況を語っておられました。

非常に参考になる話しが多かったのですが、その幾つかを紹介します。 
前回のブログを参考にお読み下さい。

黒柳徹子
「物を整理するというのは一番大変ですけど、しかも貴方は引退したなら別だけど、がんがん仕事をしてらっして、それで物を縮小するというのは大変よねー現役で仕事をされていると、あの時の資料を貸して下さい、とか色々あるでしょう・・・」

有馬稲子
「大変でした。中々出来ませんでした。資料は資料で持っていきましたけど、家の中はテーブルの上もくちゃくちゃで、それこそ蜘蛛の巣城で、蜘蛛の巣小屋で」

黒柳徹子
「(笑いながら)私が自分の部屋を蜘蛛の巣城って言ったから・・・」

有馬稲子
「兎に角、もう、引っ越した時の荷物が片付くのに1年かかりましたね。」

黒柳徹子
「やっぱり・・・ひとつひとつ見ないと、大事なものがあるかも知れないし・・・10年見ないいんだったら、要らないなと思うんだけど、見始めると、ああそうなんだと、思ったりするから、物も言わずに、処分しちゃう・・・貴方は割りと肉親が少ないから」

有馬稲子
「そうなんですよ。子供はいないし、夫はいないでしょう(大きな声で言わないと、と小さな声で)」

11月9日のブログに続く)

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流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Zあくね」(その14)社員とパートを差別しない②

村上龍(番組のメインキャスター)
「普通、パートやアルバイトにはボーナスがないんですけど、“A-Z”にはあるんですね」

牧尾社長
「店に来るお客さんからすれば、パート・アルバイト・社員の肩書きは関係ないですね。お客さんはパートやアルバイトでも求める事は(社員と)同じなんですね。 仕事も中身も同じであると。 小売業では、パート比率を高めることが重要と言われるが、或る面では、先輩の皆さんに怒られるかもしれないけれど、それは労働の搾取(さくしゅ)ではないかと思う・・・パートでも7時間勤務で社員と同じように働く人も多い。 そうすると差はつけないほうが良いんじゃあないかと、殆ど、(待遇に)差はつけていない。」

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2008年11月 7日 (金)

流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Z」(その13)社員とパートを差別しない①

「A-Z」では、正社員と、パート、アルバイトの間で待遇に殆ど差がない。パート、アルバイトでも、ボーナスが支給される。
そしてボーナスは、全員凡そ600人に牧尾社長自らが手渡しで支給し、コミュニケイションを図る。

牧尾社長「やっぱり、中々皆さんと個々に接する機会が少ないので、ボーナスだけは全員に手渡して・・・」

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2008年11月 6日 (木)

流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Z」(その12)「私自身が小売業が余り好きじゃあない、なかったという・・・ですけど天命としてやる」

村上龍(番組のメインキャスター)
「売り場の担当者に仕入れを任せるというのはどういう発想ですか?」

牧尾英二社長
「まず一つは個人的な理由がありまして、私自身が小売業が余り好きじゃあない、なかったという・・・」

村上龍「好きじゃあない!?」

牧尾「今でもそうですけど、ちょっとあんまり・・・ですけど天命としてやる・・・もうひとつは面倒くさがり屋なんですね。 
管理販売をしないというのも、コンピューターで管理すると、伝票や帳票がこんなに厚くなる、そうするとそれを見ただけで頭が痛くなる。」

村上龍「一言で言うと、面倒くさいから!・・・」

牧尾「(笑いながら)はい・・・」

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2008年11月 5日 (水)

フランス・バカラ社の大シャンデリアが今年も「恵比寿ガーデンプレイス」の広場に設置されました

高さ5メートル、幅3メートル、クリスタルパーツ数8,472、ライト総数250橙、で世界最大級といわれるシャンデリアは普段はフランスのバカラ村にあり、船便で運ばれてきます。6億3千万円で注文を受けています。

来年1月12日(月)迄公開の予定です。

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シャンデリアの後ろに見えるのは、「シャトーレストラン・ジョエルロブション」で、その更に後ろは、向かって左が「ウエスティンホテル東京」、右が「ガーデンテラス壱番館」(マンション)です。

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2008年11月 4日 (火)

流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Z」(その11)「バイヤー」を置かず、各売り場の責任者が直接、仕入れ、売値も決める。

多くのスーパーでは「バイヤー」と呼ばれる担当者が問屋と交渉し、仕入れる商品を決める。 
しかし「A-Z」では、「バイヤー」を置かず、各売り場の責任者が直接、仕入れ、売値も決める。 
日々、客と接する担当者なら、お客のニーズを直ちに仕入れに反映できる。 

店長が語る。
「各売り場が独立し、一つの商店みたいな感じで、各売り場の主任が店主みたいなものです。」

お客が欲しいといったものはとにかく仕入れる。その結果、例えば、醤油だけでも200種類はある。 

売り場主任が語る。
「お客さんがこの店に来る目的ですよね。「A-Z」に行けば、安いものも買えるし、いつも使っている醤油が買えるわってなれば、やっぱり、来て貰えると思うんですよ。」

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2008年11月 3日 (月)

流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Z」(その10)「“儲かっても値を下げない”という既存の流通業に対する疑問が根っこにあります」

村上龍(番組のメインキャスター)
「例えばリサーチや視察に行かれてコンビニとかはどう思われたのですか?」

牧尾英二社長
「コンビニは典型的な管理小売業で当時は品目数が3,000~5,000で、全てコンピューターで管理する、典型的な効率重視の小売業なんですね。 
ただ、私が疑問に思ったのは、どんどん店が増えて、利益も売り上げも上がったのに、店頭の価格が定価のままであると。 
もともと日本は世界の先進国の中で当時から物価が高かった。 
だから、小売業の先輩の皆さん方が、“低価格に挑戦し、価格破壊をして流通革命をやる”と言っておられる皆さん方でしたが、コンビにに限っては定価のままで販売している。 
それも、売り上げも上がり、儲かっても価格を安くしない、という事に疑問を持ちまして。
「A-Z」が生まれる背景には、そういう(既存の小売業に対する)疑問が根っこにあるかと思います。」

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2008年11月 2日 (日)

流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Z」(その9)「効率問題とか、儲かる儲からないという問題を先ず、脇に置いておいて・・・」

村上龍(番組のメインキャスター)
「普通の大手の小売チェーンでは、在庫管理というか、回転率を正確に把握するというのが常識なんですが、(牧尾さんのところでは)そういうことは余り関係ないんですね?」

牧尾英二社長
「小売業は在庫管理が生命線と言われて、先輩の皆さんは今までやってこられたんですけど、私が社員に言ったのは、先輩の皆さん方が効率をコンピューターで管理され、効率的な商売をされている中で、“これは効率が悪い”とか、“これは死に筋だ”と決めつけ捨てられた商品をよくよく検証してみると、“でも生活に必要である”と。
そうすると、効率問題とか、或いは、儲かる儲からないという問題を先ず、脇に置いておいて、赤字でない限りは、出来るだけ、いろいろ揃え、値段も出来るだけお安くすると・・・」

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2008年11月 1日 (土)

「客流通業の常識を覆(くつがえ)す、鹿児島県の過疎地の24時間・年中無休の巨大スーパー「A-Z」(その8)数が売れなくてもお客が求めるものを安く売る

「客が求めるものを安く売る」
その結果が、35万品目という膨大な商品数になったのであるが次はその例である。
草鞋(わらじ)@990円⇒1年に5足程度売れる
褌(ふんどし)@480円⇒1ヶ月に7~10個程度売れる
墓石の文字補修セット@500円⇒1年に1セット程度個売れる
国旗の竿の(さお)の先端に付ける金色の玉@299円⇒1年に10個程度売れる
「屋根違い三社神棚」@8,800円⇒他所なら3万円近くする。
地元で取れた20センチ以上ある天然の鯛(たい)⇒494円

普通の店なら「死に筋」として置かない商品まで並べている事について番組のメインキャスターの村上龍氏が牧尾英二社長に尋ねる

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