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2009年2月

2009年2月28日 (土)

前向きで行こう!-押切もえ。2月25日のNHK総合テレビジョンの「スタジオパークからこんにちは」に、押切もえさん(モデル)が出演しました。(2)

2)2005年にハワイで頚椎骨折をして寝たきりになり、落ち込んだ押切もえさんを元気づけたエイブラハム・リンカーン(奴隷解放で有名なアメリカの大統領)の言葉があります。

貴方が転んでしまった事に関心は無い。
そこからどう立ち上がるかに
関心があるのだ。
―A.リンカーン

この時は体が動かせないけど(事故で入院する事になり、仕事をキャンセルせざるを得なかったり)感情だけが凄く高ぶっている状態だったが、この言葉が押切もえさんの気持ちを静めてくれて、“そこからどう頑張るかを見せていけば良いのではないか”と、アドバイスを貰ったように感じたとのことです。
(続く)

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2009年2月26日 (木)

老い・介護の間違った常識・通説。長生きするには何が大切か。適切な介護とは?2月18日NHK総合テレビジョンの「クローズアップ現代」http://www.nhk.or.jp/gendai/に、「老い・介護」の問題について興味深い話がありましたので紹介します。(5)

熊本県合志市の“紀水ナーシングホーム”では、トイレまで歩けない人に“おむつ”を着用させる従来の介護のやり方を変え、“おむつ”を着(つ)けさせずに、トイレまで連れて行って、用を済ませるようにし、寝たきりの人の栄養補給にはチューブを使っていたことを改め、どんなに時間が掛かっても口からの食事に変えました。

更に、入浴方法もかっては寝たままで入浴が出来る器械を使っていましたが、之も改め、現在では、職員が介助して通常のお風呂に入れています。

これらの介護方法の変更により、“紀水ナーシングホーム”では、寝たきりの人が激減した、と番組では伝えています。 
従来の介護の常識・やり方を1から疑うのが理学療法士の三好春樹(みよしはるき)さんの考えで、之に共鳴し実践しているのが“紀水ナーシングホーム”の庭田孝男(にわたたかお)さんとそのスタッフです。

実は、私(ブログの著者)も、母親が関西電力が親会社の特別養護老人ホーム“エルホーム芦屋”(兵庫県芦屋市浜町)に入居しましたが、家族の同意も無しに無断で椅子に(動かないように)拘束されたり(条例では禁止されているのですが、四六時中家族が見張っている訳ではなく、実際は、“エルホーム芦屋”では行なっていました)、暴力を振るう他の入居者の犠牲になっても、その暴力を振るう入居に対して適切な処置をしなかったり、「ホームは赤字です」の言葉で人手を省く事を優先した、非人道的な介護の実態を目の当たりにした苦い経験があります。 “
紀水ナーシングホーム”のような介護の施設が少しでも増えて欲しいと切に思います。
(老い・介護の間違った常識・通説、の項終わり)

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2009年2月25日 (水)

前向きで行こう!-押切もえ。2月25日のNHK総合テレビジョンの「スタジオパークからこんにちは」に、押切もえさん(モデル)が出演しました。(1)

1)押切もえさんは2005年に首の骨を骨折するという大変な経験をされました。 前向きに生きる彼女の毎朝の「魔法の3ステップ」があります。

①窓開けストレッチー朝起きると、ストレッチしながら、「わー」とカーテンを開け、窓を開け、朝日を浴び(但し、モデルの仕事は朝4時起きとか早い時もあるので朝日が無い時もあるが、プロセスなので朝起きたら兎に角、窓を開ける、との事です)、新鮮な空気を取り入れる。

②一杯の水―朝起きたら、常温のコップ一杯の水を飲む。老廃物を排泄し、細胞を生まれ変わらせる働きがある。

③拘(こだわ)り洗顔タイムーCDなどをかけながら、ぬるま湯で丁寧に洗顔をした後、冷たい水で肌を引き締める。最後に乳液で顔をマッサージする(忙しい時は10秒でも良い)。彼女の場合、朝、目が腫(は)れているので目と眉毛の間を押したりする。

押切もえ
「洗顔とかは、(値段の高い)スキンケアを使うとかではなくても、楽しんで丁寧にやると、肌が本当に応(こた)えてくれるんですよ。」

押切もえ
1979年、千葉県生まれ。
高校生のときに、読者モデルとして十代向けファッション誌に登場。高校卒業後、プロのモデルとして活動をはじめ、2001年より20代向けファッション誌の専属モデルとなり、同世代の女性たちに等身大のファッションスタイルで絶大な人気を誇り、「もえカジ」、「押切巻き」という言葉を生み出した。
現在は、モデルのほか、着物やウエディングドレス、ストッキングなどのデザイン、さらに雑誌でコラムを連載するなど、幅広く活躍中。
NHKでは、2007年4月から「英語でしゃべらナイト」にレギュラーメンバーとして出演中。

(続く)

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老い・介護の間違った常識・通説。長生きするには何が大切か。適切な介護とは?2月18日NHK総合テレビジョンの「クローズアップ現代」ttp://www.nhk.or.jp/gendai/に、「老い・介護」の問題について興味深い話がありましたので紹介します。(4)お年寄りの“おむつ”・チューブによる食事の問題。

理学療法士の三好春樹(みよしはるき)さんは従来の介護のやり方・常識に多くの疑問を呈していますが、その内のひとつがお年寄りの排泄の問題を処理する為の“おむつ”の使用があります。

足の不自由なお年寄りが転倒するのを防ぐ為、“おむつ”をあてがうのですが、これは高齢者のもっている身体的な力を奪っている、と三好さんは言っています。
「トイレに歩いて行けない人は“おむつ” 」と言う考えが、高齢者の感覚を低下させている、と警告しています。

番組では、三好さんの考え方を取り入れて大きな成果を挙げている施設を紹介しています。
熊本県合志市の“紀水ナーシングホーム”の庭田孝男(にわたたかお)は語っています。「何回も三好さんの話を聞くうち、いかに自分の考えが従来の固定観念に縛られているか、間違っているのではないか、考えさせられます。」

以前、この施設では入居者の多くに“おむつ”をあてがっていましたが、今は、どんなに体の機能が衰えた高齢者に対しても、毎食後、トイレに誘導しています。(画面では、車椅子に乗せてトイレに連れて行く様が映し出されている。)

更に、寝たきりの人の栄養補給にはチューブを使っていたこともありましたが、今では、どんなに時間が掛かっても口からの食事に変えました。(画面では、看護士さんがスプーンを使って、お年寄りに食べさせている様子が映っています。)
(続く)

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2009年2月24日 (火)

老い・介護の間違った常識・通説。長生きするには何が大切か。適切な介護とは?2月18日NHK総合テレビジョンの「クローズアップ現代」http://www.nhk.or.jp/gendai/に、「老い・介護」の問題について興味深い話がありましたので紹介します。(3)

番組では、60歳、70歳になって元気でハンバーガーショップ(モスバーガー)で生き生きと働く高齢者の人達の姿が紹介されていました。
(過日、新聞では“マクドナルド”で元気に働く高齢者が紹介されていました) 
「高齢者は、雇ってみると若い人にない気遣(きずか)いが出来て接客が上手い、等のメリットもある」、と番組では言っています。  
勿論、働く高齢者にとっても、自分達が社会に役立っていると言う気持ちの張りや、大勢の中でチームとなって働く刺激も健康に寄与しているようです。

介護の世界でもこれまでのやり方や流儀を変えようという動きが出ています。
(続く)

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2009年2月23日 (月)

老い・介護の間違った常識・通説。長生きするには何が大切か。適切な介護とは?2月18日NHK総合テレビジョンの「クローズアップ現代」http://www.nhk.or.jp/gendai/に、「老い・介護」の問題について興味深い話がありましたので紹介します。(2)

80歳以上の高齢者500人を対象にした追跡調査は現在も続けられているが、苅尾七臣(かりおかずおみ)教授は、現段階で、脳に様々な刺激を与える環境が余命を延ばすのではないかと考えています。

苅尾七臣(かりおかずおみ)教授は語ります。
「脳にとって大切なのは、外からの精神的な刺激であったり、身体的な刺激です。これらが脳の力を保つ秘訣なのではないでしょうか。 
今まではお年を召されたら大事にしようと思っていたと思うんですけど、大事にする意味が違うと思いますね。」
(続く)

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2009年2月22日 (日)

老い・介護の間違った常識・通説。長生きするには何が大切か。適切な介護とは?2月18日NHK総合テレビジョンの「クローズアップ現代」http://www.nhk.or.jp/gendai/に、「老い・介護」の問題について興味深い話がありましたので紹介します。(1)

自治医科大学(栃木県下野)の苅尾七臣(かりおかずおみ)教授は、80歳以上の高齢者500人を対象にするという日本で初めての調査を行なっています。
血圧や血液の検査から物を認知する力の測定まで凡そ40項目を5年間にわたって追跡調査し、“80歳を超えて更に長生きをするには何が大切か”探ったのです。
その結果は通説を覆(くつがえ)すものでした。

80歳を超えた人の余命を決める一番の要因は、高血圧・糖尿病・高脂血症・喫煙暦といった病気ではなく、物を認知する力等、脳の機能だと分かったのです。
(続く)

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2009年2月21日 (土)

「いつか夢見て」宮本信子(女優・シンガー)2月20日のNHK 「生活ホットモーニングーこの人にトキメキっ!」に女優の宮本信子さんが出演されました。

印象に残った言葉のいくつかを紹介します。

「いつでも、これで終わりなんだ、終わりかもしれないと思って、歌は、ステージに立っています。だってそうじゃあありませんか、そんなにうまく行く事無い、世の中は、と思っていますから。
だからこれで終わってこれで良いわって。そういう感じなんですよ。」

「やっぱりそこに留(とど)まっちゃあいけなくて、少しでも前を見て
元気で生きていきたいっていつも思いますから。」

「とにかく、やらないと始まりませんから。
私は生きているんだから、やっぱり楽しくいきましょうって。
そう思います。」

下記は宮本さんが最近、作詞した歌です。

「いつか夢見て」

いつか夢見て
今がある。 今がある。
何もかも生まれ変わる事ができる。
そんな気がしている。

だから今を大切にするのよ。
今 今を知る事。
そして
少しジャンプするのよ。

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2009年2月20日 (金)

「餃子の王将」(王将フードサービス)繁盛の秘密は?(5)

11) 「餃子の王将」の中で特に売り上げの良いのが川崎市の「武蔵溝ノ口駅前店」です。
メニューに秘密があるかと言えば、そうではない。 では、どこが凄いのか? 
番組では、「今の店長に変わってから特に良くなった」という従業員の声を伝える。 
しかし店長曰く。「当たり前の事を当たり前にやっているのが一番いいんじゃあないですかね。本当、そう思うんですけど。特別にセールやっている訳じゃないですけど」。敢えて言えば、と店長が上げた業績一番の理由が
「開店前の掃除、腰から下、見えない部分(例えば、テーブルの脚の部分)をまめに掃除する事」だと言う。そして店長は、餃子を焼く鉄板を毎日、かすが付かないようにゴシゴシ綺麗にする。そうすると「餃子の焼き上がり(スピードやパリッとした感じ)がぜんぜん違う」と言う。
 
12)王将では業績の良い店に報奨金が出るが、番組では武蔵溝ノ口駅前店に50万円の報奨金が出て従業員が分けるシーンがあった。

大東社長は武蔵溝ノ口駅前店を評して、
「お客の方向に皆が向いている、いらっしゃいませ、有難う御座います、料理一つを出すにしても気配りがある。お客をいかに大事にしているかと言う店長の姿勢が表われている。
店の戸を開けた時に出てくる空気、オーラを作らなければいけない、そうなってくれば強い。
当たり前の事を高いレベルで自然にやると店の格が上がってくる」と言う。

(「餃子の王将」の項 終わり)

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2009年2月19日 (木)

「餃子の王将」(王将フードサービス)繁盛の秘密は?(4)

9)最初は損して後から儲けろ、お客さんに喜んで貰えないと次が無い。
「王将」は1日1万枚、700万円分のクーポン券を路上で通行人に配布する。 
配るのはアルバイトではなく、社員自ら「来てください」、という気持ちを込めて手渡す。 1日配布しただけで月の売り上げが10%増える店もあると言う。

10)京都市の出町店では、学生が30分皿洗いを手伝えばただで腹いっぱい食べられるというサービスをしている。
店の壁には卒業した学生からの感謝の手紙が張られている。2
5年間で延べ5,000人がこのサービスを利用したと言う。
(続く)

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2009年2月18日 (水)

「餃子の王将」(王将フードサービス)繁盛の秘密は?(3)

7)「餃子の王将」の原点の店舗運営とは?
それは
①客席から厨房が見える、料理を作る活気が客席にも伝わってくる「餃子の王将」のスタイル。
②キャベツの千切りも袋詰めをセントラルキッチンから送ってくるのではなく、現場で切って新鮮なものをお客に出す。
③味付けも出来合いの調味料ではなく、現場でコックが調理する。
④「コーテル(焼き餃子) ソーハン(焼飯) エンザーキー(唐揚げ)リャン ナーホー!」王将式の伝票の読み上げを復活させる。
⑤看板の餃子は餡(あん)の豚肉は冷凍ではなく生のものを使う。餡と皮はセントラルキッチンで作るが餃子を巻いて作るのは現場で行なう。

8)大東隆行(おおひがし・たかゆき)氏は語る。
「先ず最初、活気あるムードをつくらな、食というものは雰囲気、ムードなんですよ。」
「わーと(賑やかに)言うてて、煙が上がってて、(料理を作る音がする)餃子は餃子、ラーメンはラーメンの雰囲気がある。」
「入ろうかなあという店の雰囲気を出せば、そこで勝ちですわな」

(続く)

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2009年2月17日 (火)

「餃子の王将」(王将フードサービス)繁盛の秘密は?(2)

4)京都の王将フードサービスの本社前、まだ薄暗い午前6時、社長の大東隆行(おおひがし・たかゆき)氏が塵取(ちりと)りと箒(ほうき)を持って丹念に30分かけて掃除をする。 
大東さん曰く「店を廻った時に、店の駐車場とか汚くても言えない。自分でやっとかな。本社が汚かったら、何で社長が来て注意するんやと。」

5)大東隆行(おおひがし・たかゆき)氏は、王将創業(1967年)の2年後の1969年に入店した。 1990年代には王将は400店を超える規模になっていたが、競争の激化と不動産投資の失敗もあり、2000年には有利子負債が470億円に膨らんで倒産寸前に追い込まれていた。

6)2000年、社長に就任した大東隆行(おおひがし・たかゆき)氏は、店を診て廻り、店のオペレーションを「王将」の原点に戻す事を決意する。
(続く)

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2009年2月16日 (月)

「餃子の王将」(王将フードサービス)繁盛の秘密は?(1)

1月26日のテレビ東京の「カンブリア宮殿」に「餃子の王将」を経営する王将フードサービスの大東隆行(おおひがし・たかゆき)氏が出演されました。

1)創業1967年(昭和42年)、8年前には倒産寸前だったが、現在は4年連続、増収・増益で、09年3月期の売上高は528億円、経常利益は54億3900万円で、いずれも過去最高を見込む。

2)直営店:320店舗F C 店:181店舗(平成19年9月30日現在)

3)看板商品の餃子の具材の豚肉は、国産の“生”。餡も皮も自前で作り、半生状態で店舗に配送する。店内でその日のうちに手巻きして調理。決して作り置きはしない。ひと月に650万人前以上売れるという。
焼飯9万食、唐揚げ2万2,000食、来店客1日17万人
(続く)

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2009年2月15日 (日)

「クッキングパパ」の漫画家、うえやまとちさん(3)「僕は子守唄を描いている積もりですから」

7)博多から離れた山あいの集落での生活はうえやまさんにとって新鮮なものでした。  ゆっくりとした時間が流れる日々、自然に囲まれる中での家庭生活。 
うえやまさんの中で描きたいテーマが見えてきます。
 
8)うえやまさんは村の生活をモデルにした漫画「ばさら(駐在所)」を発表します。主人公は都会から村の駐在所に赴任してきたお巡(まわ)りさん。村の生活に戸惑いながらも次第に馴染(なじ)んでいきます。 日常の中にある幸せを描いたほのぼのとした物語でした。

9)うえやまさんは番組の中で語ります。「日常の事を伝えればよい、無理して大きな事件を起こす必要は無い、みたいな気はしますね」
日々の中にある何気ない幸せ。うえやまさんは自分が出会った幸せの形を読者にも伝えたいと考えています。
「皆が幸せになるのはどんな形かな、と考えています。」

10)「僕は料理が好きでしたから。違うアイテムがいっぱいあるかもしれませんが、僕の場合は料理が好きだったから。皆が幸せになるのが料理では描けるから。」
「僕は子守唄を描いている積もりですから。寝る前に1本飲んでとても良い気持ちになってお休み下さい、みたいな。僕のクッキングパパの役割はそうだと思っています。」
(うえやまさんの項終わり)

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2009年2月14日 (土)

「クッキングパパ」の漫画家、うえやまとちさん(2)

4)うえやまとちさんは高校や短大の時、漫画で応募しますが、佳作すら引っかからず、全く箸にも棒にもならないと言う状態でした。諦めきれず、卒業後、漫画家への夢を抱(いだ)いて上京し、デザイン会社に就職し、仕事で絵を描き続けます。

しかしそこでは残業の毎日で日々生活に追われ、ビール飲んで風呂入ったら直ぐ寝ちゃう、と言う状況になります。

5)凡そ3年間の東京での生活の後、これでは駄目だ、と東京での生活を諦めて福岡に帰ってしまいます。 
福岡で結婚したうえやまはイラストなどを描き続けながら漫画家を目指します。

6)そして、妻と生まれたばかりの長男を連れて博多から離れた山あいの集落に移り住んだうえやまさんに転機が訪れます。
(続く)

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2009年2月13日 (金)

「クッキングパパ」漫画家 うえやまとちさん(1)

 
2月11日のNHK総合テレビジョンの「ホリデーインタビュー」で漫画家のうえやまとちさんが出演していました。
福岡を舞台に料理と家族の絆を描いた漫画「クッキングパパ」は連載が24年を超え、単行本も100巻を突破した息の長い人気漫画で、作者のうえやまとちさんは、ふるさと福岡で執筆活動を続けていますが、現在のスタイルに至った経緯を番組で紹介しています。
1)「漫画の中で仕事がバリバリ出来て出世していくとか、ライバルを蹴落としてとかはいっぱいあるけど、そんなんではなくて闘わないヒーローを作ってみたかった」とうえやまとちさんは語っています.

2「クッキングパパ」には毎回、料理のレシピ、作り方が詳しく描かれています

3)中学生の時、漫画家になる決心したうえやまさんは大分の美術系の短期大学に進み本格的に絵の勉強を始めます。
(続く)

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2009年2月12日 (木)

小学6年生の時、『瑠璃(るり)の島』で主演し、その後も数々の話題作に出演を続け、CMでも活躍している女優・成海璃子(なるみりこ)さん(16歳・高校1年生)が2月2日のNHK総合テレビジョンの「トップランナー」に登場しました。その素顔は・・・(6)「余りそうは見られないんですけど、心の中では、いつも熱い人間でいたいなあと、思っています。」

14)―ストレス発散法は?

成海璃子(なるみりこ)「結構自分の中で落ち込むタイプなんですけど・・・たまに部屋でぶつぶつ言います。 もう何で何とか何とか!!って1人でぶつぶつ言います。(笑う) 」

15)―今年やりたいことは?

成海璃子(なるみりこ)「自分で似合うと言われている役は自分でも分かるような気がするから、出来ないと思うことをしたいなって思っているんですけど。」

16)―どんな女優になりたいですか?

成海璃子(なるみりこ)「熱(あつ)くいたいです。何か、余りそうは見られないんですけど、心の中では、いつも熱い人間でいたいなあと、思っています。」

成海璃子(なるみりこ)さんは昨年2月、「恵比寿ガーデンプレイス」の試写会に来た時、見た事がありますが、大柄ではないせいか、大勢の中にいると余り目立たない普通の女の子という感じでした。 
しかし、今回の番組の発言を聞いていると、“これで高校1年生?”って思います。 長く第一線で活躍する、吉永小百合みたいな女優になるのではないでしょうか。
(成海璃子(なるみりこ)の項終わり)

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2009年2月10日 (火)

小学6年生の時、『瑠璃(るり)の島』で主演し、その後も数々の話題作に出演を続け、CMでも活躍している女優・成海璃子(なるみりこ)さん(16歳・高校1年生)が2月2日のNHK総合テレビジョンの「トップランナー」に登場しました。その素顔は・・・(5)「余り役を作っても意味無いと思うんですけど」

12)―役作りはどうしていますか?
成海璃子(なるみりこ)「役作り・・・余り役を作っても意味無いと思うんですけどね、何か。必要な習い事はやるのは当たり前の事ですけど、内面的なことは、そんなの現場で起きることなんで、作ったら終わりと言うか、それ以上はならない訳だから、笑いたくなるかもしれないし、そこで泣くかもしれないし、分からないし、一番、その時起こっているリアルなところで動かないと、と思っています。流れがあるわけじゃあないですか、気持ちの。それを、こう、体の中に入れて現場に行こうっていう・・・だから、脚本は沢山読むんですけど。」

13)―高校生になって勉強との両立は?
成海璃子(なるみりこ)「高校に入って、一気に難しくなりました。
勉強は好きじゃあないです。興味が持てるものと、持てないものが凄いあって、理科とか、好きなものもあるけど、もうこれはもう、というものもあるし、うまくやるのが嫌なんですよね・・・」

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2009年2月 8日 (日)

小学6年生の時、『瑠璃(るり)の島』で主演し、その後も数々の話題作に出演を続け、CMでも活躍している女優・成海璃子(なるみりこ)さん(16歳・高校1年生)が2月2日のNHK総合テレビジョンの「トップランナー」に登場しました。その素顔は・・・(4)「出来ない自分に悔しくて、超泣きながら(練習を)やってました」

10)沖縄の島が舞台の連続ドラマ『瑠璃(るり)の島』の主役に小学校5年生(12歳)ので抜擢されますが。
成海璃子(なるみりこ)「島だし、よく海とかに行って1人で泣いたりしてましたね・・・」
SHIHO 「どうして?」
成海璃子(なるみりこ)「弱いところとか見られるのが凄い嫌だったし・・・だから海で(上向いて)寝たりとか・・・」
「夢中でいつも一杯一杯だったから、どんな感じだったとか、芝居こうだったとか、全然思い出せないし、3ヶ月、あの現場にいたことが一杯一杯だったから」

11)13歳で主演した神童のピアノのシーンは、猛特訓して吹き替え無しで臨みました。
成海璃子(なるみりこ)「言葉よりも何よりも、音っていう感じの作品なんで、やっぱり、吹き替えでは説得力が先ず無いから、もともとピアノをやっていたんですけど、兎に角練習を沢山しました。 言われる事は分かっているんだけど出来ない、ということがピアノをやっててよくあって、だけどすごーい悔(くや)しいから、もう、先生の家で、超泣きながら(練習を)やってました。出来ない自分に悔しくて。」
(続く)

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2009年2月 7日 (土)

終(つい)の棲家(すみか)・ひとりの老後について考える。55歳以上が入居可能の横浜の分譲マンションに一昨年越した女優の有馬稲子さんが2月6日(金)のNHK総合テレビジョン「こんにちはいっと6けん」http://www.nhk.or.jp/shutoken/6ken/index.htmlで老後の1人暮らしについて語っていました。

有馬稲子「とても狭いから、それはちょっとと思うけど、それは覚悟して入ったから。台所の火口も電気が一つだけだから、手順を考えなくてはいけないので、頭の体操になります。」
「人によるでしょうけど、私は1人で子供も家族もいないから、出来るだけ身の周りを整理して、残った人がどうしょうか困ったと言う事にならないように、自分の身は自分で始末して死にたいと思っていますから、それだけのことです。」

―此処に入居したきっかけは?

有馬稲子「宝塚の時の友達が二人住んでいて、2度ほど、来たんですけど、その時は良さに気が付かなかったんですけど、友達に相談したら、友達は有馬さん、田舎の方に引っ込む事はないわよ、と言ったんですけど、ご主人が行きなさい、今すぐ行きなさい、と言われ、私、わりと人の意見にふらふらとつくほうですから、考え出したら、そうか、今行ったほうがいいか、と仕事の切れもあったもんですから、来てみたら、ああ良かったと思っています。 
前いた代々木のマンションも仲のいい人が多くて良かったのですが、こちらが訪問しないと会えないけど、此処は、食堂に行けば100人近い人がいますし、(裏の)公園に行けば一杯、色んな人にお会い出来ますし、色んな話が出るし・・・
今だったら、もう駄目じゃあないかと思うんです。引越しは凄い馬力が要るんです。」

―1人暮らしの秘訣は?

有馬稲子「他人に優(やさ)しく、自分に厳しくしないといけないですね。」

有馬さんは、朝、ジュースを作る時、多めにつくり、一緒に散歩する人にあげています。
本項については、過去のブログも参照下さい。

以下は、番組「こんにちはいっと6けん」で紹介していた情報です。
「高齢者住宅情報センター」 
専門の相談員が高齢者向けの住宅の相談や紹介を無料で行なっています。
電話番号:0120-352-350(フリーダイヤル)
  03-5550-0125 
 受付時間:平日月曜~土曜 午前10時~午後6時
 住所:東京都中央区銀座4-14-11 七十七ビル3階
 ホームページ:http://www.kurashi-sumai.com

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2009年2月 6日 (金)

小学6年生の時、『瑠璃(るり)の島』で主演し、その後も数々の話題作に出演を続け、CMでも活躍している女優・成海璃子(なるみりこ)さん(16歳・高校1年生)が2月2日のNHK総合テレビジョンの「トップランナー」に登場しました。その素顔は・・・(3)「仕事終わって帰ってきて、ああ疲れた、もう明日学校行くのやだ、とか言うと、じゃあ仕事やめなよ!とか言われるんですよ。そうすると、嫌です、辞めません、と泣いて・・・

7)成海璃子(なるみりこ)「音楽は、椎名林檎のアルバムを貰って聴きはじめて、頑固だから、椎名さんしか聴かない、皆が聴いている物は絶対聴かないとか思ってて・・・」

8)-この世界に入るきっかけは?
成海璃子(なるみりこ)「小さい時からテレビを見てて、この箱に入りたい、見たいな感じで私が言って、親が、じゃあやってみるってなって、劇団みたいな事務所に入って始めました。」

5歳で子供劇団に入った成海さん、小学生の頃には既に、仕事と学校の忙しい日々でした。友達と遊ぶ時間もなかったそうです。

成海璃子(なるみりこ)「今でも、友達と遊ぶって、何をするのか全然、分かんないですね。友達とかも余り出来ないですよね。」

SHIHOさん「嫌だなーっていう気持ちは無かったですか?」
成海璃子(なるみりこ)「何よりも現場に行っているほうが楽しいと思っていたので・・・」

9)SHIHOさん「お母さんはどういう風に育ててくれたとか覚えています?」
成海璃子(なるみりこ)「仕事終わって帰ってきて、ああ疲れた、もう明日学校行くのやだ、とか言うと、じゃあ仕事やめなよ!とか言われるんですよ。そうすると、嫌です、辞めません、と泣いて・・・(笑う)」

小学校5年生(12歳)の時、沖縄の島が舞台の連続ドラマ『瑠璃(るり)の島』の主役に抜擢されます。
(続く)

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2009年2月 5日 (木)

小学6年生の時、『瑠璃(るり)の島』で主演し、その後も数々の話題作に出演を続け、CMでも活躍している女優・成海璃子(なるみりこ)さん(16歳・高校1年生)が2月2日のNHK総合テレビジョンの「トップランナー」に登場しました。その素顔は・・・(2)「何か、どん臭いんですよ。 今でも変わらないんですけど」

4)―人に演技がいい、とか言われるのは関係ない?
成海璃子(なるみりこ)「(そう言われると)勘ぐるんですよ。本当に思っているの? 性格と言うか、誉(ほ)められても、そんなに誉めないでって、思っちゃうんですよ。逆に怖い。」

5)―小さい頃はどんな子供でした?
成海璃子(なるみりこ)「幼稚園に行きたくなくてずーと泣いていました。 あと、絶対、ぽつんとしちゃう子だった。 何か、どん臭いんですよ。 今でも変わらないんですけど、絶対、馴染めない、幼稚園でも学校でも。 余りにも皆が元気が良すぎるから、多分駄目なんですかね・・・分かんないけど。」

6)―小学校の時は何が好きだったですか?
成海璃子(なるみりこ)「何が好きだったかなー(考える)―深海魚の図鑑をよく図書室で見るのが好きでした。 “竜宮の使い”という魚がいるんですけど、先ず、名前が良すぎるな、これやばいな、と1人で見てて思って。 魚の図鑑を良く見ていました。」
(次回へ続く)

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2009年2月 4日 (水)

小学6年生の時、『瑠璃(るり)の島』で主演し、その後も数々の話題作に出演を続け、CMでも活躍している女優・成海璃子(なるみりこ)さん(16歳・高校1年生)が2月2日のNHK総合テレビジョンの「トップランナー」に登場しました。その素顔は・・・(1)「私、自分を余り女優だと思っていないから」

1)番組メインキャスターのSHIHO(しほ)さん「テレビのトーク番組は初めてだそうですが緊張しますか?」
「緊張しています。やばいです。」

2)「私、自分を余り女優だと思っていないから、女優さんだからこう、と言われるのが凄く嫌で、照明部や撮影部と(作品を作る意味で)変わんないんだからっていうか、只、(人物を演じるのが私の与えられた)役割なだけで、作品を作ることが好きなのに。」

3)最新作『罪とか罰とか』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督)について

SHIHO(しほ)「完成した作品を改めて見てどうでした?」
成海璃子(なるみりこ)「自分が見てない役者さん達のシーンを見て新鮮だったし、面白いと思ったんですけど、自分の芝居は、もう、見て何か落ち込みました。凄く、はい!」

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2009年2月 2日 (月)

小さい頃はすっごい引っ込み思案で・・・女優・剣幸(つるぎ・みゆき)さん(5)ありのままに、前向きに

13)宝塚入団後は剣さんは男役として活躍しました。 常に前向きだった剣さんは、しかしある悩みを抱えていました。 それは男役としては背が高くないことです。

14)「入って直ぐ、私ちっちゃいなーと思いましたから、10年ぐらいは大きく見せようとして、頑張って踊ってみたり、人より手を高く上げたりとかって、考えて踊ってみましたけど、力が入り過ぎているんですよ、そうゆう時の踊りって。はっちゃきに頑張るから、頑張れば頑張るほど、ちっちゃく見えちゃうんですね。」
 
15)「反(かえ)って、もういい、私はちびなんだから、そのちびを活かして、ちびでしか出来ない包容力とか、違う事で芝居を何とかするようにすれば、それはそれで、ちっちゃくてもありかなって、思いましたね。 それでストーンと、ちっちゃくてもいいんだって、ぼーと立った時に、あれ、もしかして私、大きく見えてかもって、分かるんですよ、何となく。 その方が余裕を持った男役を演じられるんですね。余分なものが、どんどん削(そ)げていって、何も要らない、ストーンと立っている方が一番すっきり見えて、大きな男に見えてるって、自分でも感じるんですね。 ありのままの自分を曝(さら)け出して、何で自分が小さい事を隠そうとしていたんだろうって。 身長が162センチなのに、164センチって書いていたんですよ。 もういい、小さいものは小さい、嘘はつかない、ありのままの私ですって見せなきゃあって思えた瞬間、凄く気が楽になって、余分なものが取れて、すっきりして、そしたら皆に舞台の外で会った時に、剣さんって、こんなに小さいんですかって、言われる様になったんですよ。 あ、(舞台で)大きく見えてるんだって。」

16)ありのままの自分を受け入れた剣さんは5年の間、トップスターとして人々を魅了し、宝塚を退団後の現在は女優として舞台で活躍しています。
(剣さんの項、終わり)

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2009年2月 1日 (日)

小さい頃はすっごい引っ込み思案で・・・女優・剣幸(つるぎ・みゆき)さん(4)努力するプロセスが私には大事だった

10)控え室で他の受験生のレベルを見た時圧倒されて、剣さんは、自分との差に“これは駄目だ”と試験が始まる前にあきらめてしまいました。“もう、これは体験だ、いい経験をしたと思おう”と心のスイッチが切り替わりました。あまりの自分の酷(ひど)さに、自分で自分を笑うほどだったと剣さんは振り返っています。
 
11)折角、電車に乗って、母親もついてきてくれたのだから、兎に角、貴重な経験を楽しもうと開き直りました。 実際に声楽の試験の時、8小節の短い曲だったのですが、20回ぐらい詰まってしまいました。試験官に「君は声楽をどれくらいやったのかね?」と訊かれ、「はい、20日ぐらいです」と剣さんが答えると「そうだろうね・・・はははは」と笑って試験官の先生が椅子からずり落ちてしまいました。 その様子を見て、“これは駄目だ”と剣さんは確信します。

12)しかし、どういう訳か、剣さんは宝塚に合格し、宝塚音楽学校入学を果たします。 
「結果、それが失敗とか、うまくいったとか、結果を考えず、それをやることの方が大切、努力するプロセスが私には大事だった」と、剣さんは語ります。
(次回に続く)

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