« 「窓口営業は午後3時まで」の銀行の常識を破り、午後5時まで窓口が開いている「りそな銀行」に感心していたら、12月7日のテレビ東京の「カンブリア宮殿」に、りそなホールディングス会長の細谷英二(ほそや えいじ)氏が出演し、その経緯が分かった。何と細谷英二氏は、58歳で金融界とは無縁の鉄道マンから転身し、「だれがやっても再建できない」と言われた「りそな銀行」を再建したのである。(その4) | トップページ | 「窓口営業は午後3時まで」の銀行の常識を破り、午後5時まで窓口が開いている「りそな銀行」に感心していたら、12月7日のテレビ東京の「カンブリア宮殿」に、りそなホールディングス会長の細谷英二(ほそや えいじ)氏が出演し、その経緯が分かった。何と細谷英二氏は、58歳で金融界とは無縁の鉄道マンから転身し、「だれがやっても再建できない」と言われた「りそな銀行」を再建したのである。(その6) »

2009年12月17日 (木)

「窓口営業は午後3時まで」の銀行の常識を破り、午後5時まで窓口が開いている「りそな銀行」に感心していたら、12月7日のテレビ東京の「カンブリア宮殿」に、りそなホールディングス会長の細谷英二(ほそや えいじ)氏が出演し、その経緯が分かった。何と細谷英二氏は、58歳で金融界とは無縁の鉄道マンから転身し、「だれがやっても再建できない」と言われた「りそな銀行」を再建したのである。(その5)

りそなホールディングスの会長に就任した細谷英二氏はお客目線から数々の改革を断行する。
事務の効率化でお客の待ち時間を減らす。細谷英二氏「サービスの質と生産性の向上を両立させる挑戦を続ける。」

現場で銀行の常識を変えた細谷英二氏は更に大きな常識破りに出て行く。
しかしそれは銀行の経営基盤を根底から覆(くつがえ)すものだった。
素人会長の決断に生え抜きの銀行員達は猛反対する。
「我々(銀行員)のストライクゾーンから大きく外れた球が飛んでくる。」 
それは大企業重視からの脱却であり、その際たるものが、銀行と取引先の企業がお互いの株式を持ち合う、「株式の持ち合い」の解消だった。
(続く)

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