文化・芸術

2009年10月23日 (金)

“ベルリン国立バレエ団”でプリンシパル(88名のバレーダンサーの階層のトップに位置し、主役を踊る)を務め、日本でも熊川哲也が芸術監督を務める“Kバレエカンパニー”のゲストプリンシパルとして活躍するバレエダンサー中村祥子(しょうこ)(29)さんがNHK総合テレビジョン10月9日深夜放送の「トップランナー」に出演されました。(その8)熊川哲也氏「(笑いながら)もう10・・・5センチ、背が低かったら良かったなあ、というぐらい・・・それは、俺が(一緒に)踊りたかった、って、言うだけだからさー(笑)」

10月20日(火)のブログの続きです。

14)“Kバレエカンパニー”を主唱する熊川哲也氏の中村祥子評
「音楽を自由自在にあやつれる。
音楽を自由自在に引っ張っていく感じの力というのは、普通の人だったらここで(手を泳がす)終わるが、彼女は、一寸、伸びていくというとかいう、そういう何か・・・」
「今から、5年、6年が、一番いい時を迎えてくるからね。
それを日本の文化向上の為に、彼女も一役買わなければいけないと思うよ。
あれだけの才能の持ち主なんだから。それをするにはバレーには沢山のサポートが必要だし、そこは僕は惜しみなくしたいと思いますね。

・・・もっと厳しい事言って欲しかった?本当は?(笑)ないんだよな・・・(暫く考えて)・・・(笑いながら)もう10・・・5センチ、背が低かったら良かったなあ、というぐらい(注:中村祥子さんは173センチ)・・・それは、俺が(一緒に)踊りたかった、って、言うだけだからさー(笑)」
(続く)

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2009年10月20日 (火)

“ベルリン国立バレエ団”でプリンシパル(88名のバレーダンサーの階層のトップに位置し、主役を踊る)を務め、日本でも熊川哲也が芸術監督を務める“Kバレエカンパニー”のゲストプリンシパルとして活躍するバレエダンサー中村祥子(しょうこ)(29)さんがNHK総合テレビジョン10月9日深夜放送の「トップランナー」に出演されました。(その7)「限りなく課題があるんです。もう、間に合わないって言う位。」

12)番組キャスター箭内(やない)道彦「練習の虫って言う噂は本当ですよね。」

中村祥子「練習の虫・・・なんですかね・・・どうなんだろう。
でも、練習は沢山する方だと思います。」

番組キャスターSHIHOさん「今日行きたくないなあ、という日はないんですか?何かだるいみたいな・・・」

中村祥子「あります。あるんです。
朝起きて、前の日のリハーサルだとかの、疲れが凄くたまっていて、目が覚めた時、“うっ”ときて、全身が“ズシンっ”て重さがあるんですけど、まあ、そこから起き上がって、劇場に行って音楽を聴けば、何か“すーっと”(笑い)スイッチが入るというか、もう、日常生活に入っていますね。バレーが・・・」

13)箭内道彦「(練習を見に行った)この時も、だって、“もう終わりっ”てなった後も、やってらしましたよね・・・次の人達が来るまでって、ぎりぎりまで・・・」

中村祥子「やっぱり自分が満足っていうか・・・限りなく課題があるんです。
もう、間に合わないって言う位。
だから出来る時間のある限り、目指したいっていうか、前に進みたいっていうか、自分に良いものを、もっと、もっと、つけていきたいって思うんで、もう、夢中になっちゃっていて、時間なんか忘れているんですよね。」
(続く)

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2009年10月19日 (月)

“ベルリン国立バレエ団”でプリンシパル(88名のバレーダンサーの階層のトップに位置し、主役を踊る)を務め、日本でも熊川哲也が芸術監督を務める“Kバレエカンパニー”のゲストプリンシパルとして活躍するバレエダンサー中村祥子(しょうこ)(29)さんがNHK総合テレビジョン10月9日深夜放送の「トップランナー」に出演されました。(その6)「私もやっぱり小さい頃から色んなコンプレックスを持っていて、でもやっぱりバレーが好きだったからバレリーナになりたいと思っていて・・・」

11)世界的なダンサーでもある“ベルリン国立バレエ団”芸術監督ウラジーミル・マラーホフは中村祥子について次のように語っている。
「ピュアで日本人らしく繊細。舞台では全てが完璧。
(中略)そしてなにより、自分の欠点をどう隠せばよいか知っている。
脚の形とか、体の線とか、欠点のある人は多いけど、プロですら彼女の欠点に気づかない。そこが彼女の賢いところ。
自分がどう見えているか心得て踊っている。
見る側に欠点を気づかせない。
誰をも魅了してしまう天賦の才があるんだ。
まさに生まれながらのプリンシパルさ。」

中村祥子「凄く嬉しいです。
誰もって言えないんですけど、気づいて貰えなかった事を、あっ、気づいてくれてたんだって、今、凄く感動しました。

私もやっぱり小さい頃から色んなコンプレックスを持っていて、でもやっぱりバレーが好きだったからバレリーナになりたいと思っていて・・・うーん、それをちゃんと分かっていて、育ててくれていたんだなあと思って、凄く嬉しい。」
(続く)

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2009年10月13日 (火)

“ベルリン国立バレエ団”でプリンシパル(88名のバレーダンサーの階層のトップに位置し、主役を踊る)を務め、日本でも熊川哲也が芸術監督を務める“Kバレエカンパニー”のゲストプリンシパルとして活躍するバレエダンサー中村祥子(しょうこ)(29)さんがNHK総合テレビジョン10月9日深夜放送の「トップランナー」に出演されました。(その2)「変身というか、舞台の上では、いつもの自分とは違った自分になれるという。何か自信が持てるという。」

2)中村祥子
「赤の衣装を着るのが初めてというか、真っ赤な衣装に真っ赤なバラと言うのに、自分で鏡を通して見て、何か、入り込んじゃったんです。

自分のキャラクターに入り込んじゃって、それから好きになったんですね。
変身というか、舞台の上では、いつもの自分とは違った自分になれるという。

何か自信が持てるという。何かこう、睨(にら)みつけるような表現も出来なかったんですよ。やるような子ではなかったというか(笑)、そこから何か、始まりのような気がするんです、
自分の。舞台で違う自分になれる、一歩だったような思いがあります。」

そして1996年、中村祥子16歳の時、スイス・ローザンヌの国際バレーコンクールでスカラーシップ賞を受賞し、海外留学の切符を手に入れる。
(続く)

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2009年10月11日 (日)

“ベルリン国立バレエ団”でプリンシパル(88名のバレーダンサーの階層のトップに位置し、主役を踊る)を務め、日本でも熊川哲也が芸術監督を務める“Kバレエカンパニー”のゲストプリンシパルとして活躍するバレエダンサー中村祥子(しょうこ)(29)さんがNHK総合テレビジョン10月9日深夜放送の「トップランナー」に出演されました。(その1)「この時からですかねー何か、スイッチが入るようになったのは」

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1)中村祥子:1980年佐賀県佐賀市生まれ。3人姉妹の長女。
引っ込み思案でいつも妹の後ろに隠れているような女の子だった。
父親に進められ6歳でバレーを始める。小学校6年生の時バレーコンクールに参加し、それまで内気な少女だった中村はこのコンクールで大きく変化したという。

中村祥子
「この時からですかねー何か、スイッチが入るようになったのは、多分。」
(続く)

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2009年6月 2日 (火)

女優・酒井和歌子(さかいわかこ)さん(60)が、5月26日テレビ朝日「徹子の部屋」に出演され、南極・北極旅行や健康法、食事や結婚に対する思いなど語っておられました。(5)「はい、シベリア鉄道も乗りたいです・・・列車も景色が変わって楽しいと思います」

黒柳徹子「この間、氷川きよし君と変装して原宿に手相を見て貰ったら、あのー、結婚って言ったら、え、全然ございませんって、そんなにいきなり言わなくってもって思いましたけど、言われましたからねー、ちょっとねー、でも貴方は希望を持って・・・」 
酒井和歌子(笑いながら)「はい」 (中略)

黒柳徹子「で、今の貴方の希望はシベリア鉄道に乗って横断したい、」 

酒井和歌子「はい、シベリア鉄道も乗りたいです。」 
黒柳徹子「あれは、どれくらいなの?」 
酒井和歌子「1週間・・・列車も景色が変わって楽しいと思います・・・」

テレビ画面で拝見する酒井和歌子さんは、黒柳さんも言っていたけど、本当に若く見えて、40代といっても通用しそうでした。

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アイドル時代の酒井和歌子さん、このような顔立ちのアイドルは最近見なくなりました・・・

(酒井和歌子さんの項、終わり)

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2009年5月25日 (月)

放浪記について:昭和36年の芸術座公演で肺炎になり代役を立てられそうになった時のことを森光子さんが振り返り「でも、一寸、偉(えら)そうなことを言わせて貰えれば、やってみやんさい!(笑)って言いたくなりますね。ていうのはやっぱり、菊田先生の演出、三木のり平先生の演出、以外に、自分の考えた事がいっぱい詰まっています。それは・・・(間を置いて)・・・出来るかしらって、ちょっと、傲慢(ごうまん)ですけど・・・そう思いますね。」(その2)

昭和36年の芸術座の東京凱旋公演の時、森さんは肺炎にかかり緊急入院するが、森さんの放浪記に賭ける思いが医師に伝わり、「この人は芝居を続けた方がいい」、と言わしめる。
そして、森さんは病院から劇場に通い続ける。
その時のことを振り返り、森光子さんは語る。

「代役という単語を聞いた時はぞっとしました。
えー、私の役を代役!で、その代役の候補者の名前まで聞えたんです。
これはどうしょうかと思いましたね。
そうしたら主治医の先生が “この人は、もしそういうことになったら、もっと悪くなりますよ。病状が” って仰(おっしゃ)って下さったんで助かりましたけど・・・役者の業(ごう)ですね・・・初めての主役でしょう。それですもの。
それは誰にも渡したくありませんもの。
候補の人の名前なんかが聞えてきたら、又、心が穏(おだ)やかじゃあないでしょうね・・・死んでも放(はな)さない!なんて言うかもしれません。」
そして冒頭の「一寸、偉(えら)そうなことを言わせて貰えれば、やってみやんさい!」に続くのである。

そしてこの放送から4年後の今年5月9日、東京・丸の内の帝国劇場で行われた昼公演で通算2千回を迎えた。
この日は森さんの89歳の誕生日でもあった。
初演は昭和36年。41歳の時である。
ちなみに、森光子さんの記録に次ぐのは。90年に記録した山本安英さん(故人)の「夕鶴」(1037回)である。

(森光子さん「放浪記」の項終わり

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2009年5月24日 (日)

昭和36年の芸術座の「放浪記」公演で肺炎になり代役を立てられそうになった時のことを森光子さんが振り返り「でも、一寸、偉(えら)そうなことを言わせて貰えれば、やってみやんさい!(笑)って言いたくなりますね。ていうのはやっぱり、菊田先生の演出、三木のり平先生の演出、以外に、自分の考えた事がいっぱい詰まっています。それは・・・(間を置いて)出来るかしらって、ちょっと、傲慢(ごうまん)ですけど・・・そう思いますね。」(その1)

本年5月9日のNHK総合テレビジョンNHKアーカイブスでこのほど2000回公演を達成した森光子さんの放浪記を記念した番組(平成17年)が再放送されました。
その中で森光子さんが語った言葉です。

昭和36年の芸術座の凱旋公演の時、病魔が森さんを襲う。
肺炎による緊急入院である。
(続く)

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2009年3月 6日 (金)

3月2日のNHK総合テレビジョンの「トップランナー」に女優の黒木メイサ(20)さんが出演しました。(3)「私としてはやったと胸を張って言えるというか、何か、作品を見て貰う時に胸を張っていたいというのがあって、だから、追い込むというか、必死になりますね。」

黒木メイサ
「監督から半年でバレーのトーシューズを履ける様になるのは無理だから、シューズを履かなくていいと言われていたんですけど、やる前からそれを言われるのが凄く悔しくて、本当にゼロから習えるんだったら、トーシューズを履いて最初からした方が良いんじゃあないかと思って、ストレッチをする時もトーシューズを履いてしたり、お家に帰ってもトーシューズを履いて家の中を歩いたりしてて、で、上海の撮影の時、本番で、群れで踊る場面でトーシューズで踊ったら、監督がカットかけて走ってきて、泣きながら、“いつのまに練習してたの”って、凄い言ってくれて、してやったり!みたいな!」
「・・・例えば、今回、バレーという課題を与えられて、それを与えて貰った時間の中で、もうこれ以上は出来ないっていうぐらいやれば、周りに、例えば踊れてなかったとか、マイナス的なものを言われても、私としてはやったと胸を張って言えるというか、何か、作品を見て貰う時に胸を張っていたいというのがあって、だから、追い込むというか、必死になりますね。」
(黒木メイサさんの項終わり)

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2009年3月 5日 (木)

3月2日のNHK総合テレビジョンの「トップランナー」に女優の黒木メイサ(20)さんが出演しました。(2)「正直、嫌でした。本当に。久しぶりに仮病を使おうかなって思いましたね」

黒木メイサ
「バレーのレッスンの先生は兎に角スパルタで、もう容赦なく教えて下さる方で、朝スタジオに行くと先ずストレッチから始めるんですけど、もうこれ以上開かないし、これいじょうやったら何処か切れるんじゃあないかというぐらい叫んでいるのに、まだいける、まだいける、って凄い(背中を)押されて」

SHIHO(番組のキャスター)
「途中、“嫌だっ”てならなかったんですか?」

黒木メイサ
「正直、嫌でした。本当に。
久しぶりに仮病を使おうかなって思いましたね。レッスン行く時に。 
朝起きたらバレーに行かなくてはいけなくて、でも、昨日踊った分の筋肉痛やら、痛めた所やらが出てきたり。 
そのくらい毎日やらないと追いつけなかったし、周りのベテランの方たちに。
周りはバレーは10年以上やっている本物のプロの方たちとやっていたので。桃井(かおり)さんもずーとバレーを踊って・・・」

番組のキャスター
「12歳で英国ロイヤルバレーに留学されたんですよね。桃井さんは・・・」
(続く)

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